標高500mを超える猪苗代で暑くて寝られない夜はそうあることではなく、ほとんどの家がエアコンを持っていない(1970年代は過ごしやすくてエアコンは必要なかった。)。しかし、今年の梅雨の中休みはくそ暑かった。天気予報が外れまくりで毎日かんかん照り。夜間も暑くて寝られやしない。おまけに空が白みかけるやいなや隣家のイチョウやモミの大木をねぐらとするハシボソガラスが鳴きまくる。私的夏休みで時間はたっぷりあるのに毎日寝不足状態である。
午前中にお客様が来るというので、独りで山に出かけることにした。行く先は長年の憧れの場所、磐梯山の櫛ヶ峰である。猪苗代で生まれ育った者にとって磐梯山は特別な存在だが、その中の容姿的に最もお気に入りが櫛ヶ峰である。磐梯山の盟主である大磐梯(磐梯山山頂)に行ったことはあるが、櫛ヶ峰は未訪。正規の登山道が無く、大磐梯に最も楽に登れる猫魔八方台口の反対側に位置していることもあって、磐梯山の聖域の一つである。磐梯山に登った時、櫛ヶ峰山頂に人が立っているのを見たことがあるので登れないことはないはず。眺望はだいたい想像がつくが山頂の雰囲気だけは行ってみないとわからない。興味が募る。
櫛ヶ峰の最後の急な斜面を何所から登るか?@川上口への下降点(1,457m)から明治の爆裂火口壁の縁に沿って登る、A沼の平から適当に登る、B樹木の多い琵琶沢側斜面から登るという3つの選択支があるが、@はガレ場の連続で普通の装備で登れるかどうか不明、Aは大きな岩がゴツゴツしていて勾配もきつい、Bは転落する危険は無いが藪。5年前に偵察した時の様子ではいずれも一長一短。楽で安全に到達できるルートは存在しない。今回改めて現地に行って判断するしかない。この3つの取り付き場所を探るのに適しているのが渋谷口からの登山道である。よって一番楽な赤埴山林道の終点から沼の平に上がるコースではなく渋谷口を選択した。沼の平は基本的に礫地なので、高山植物を痛めることなく歩くことができる。この時期に行ったことがなかったので、ひょっとしたらお花畑とめぐり合えるかもしれない。
破産した国際スキー場の中を未舗装の管理道が走っている。この道路はスキー場のさらに奥まで延長されている。琵琶沢の砂防堰堤を建設する際に作られた道だが、植林が無いため、現在はたまに軽トラックが入り込む程度で、一般車が入り込める状態ではない。スキー場最上部のリフト乗り場を過ぎて森林地帯に入るとすぐ右側に沼がある。その先が雨水で深く掘れていたので車で進むのが少々危険に思われた。よって、5年前よりもさらに手前にあたるスキー場に車を置いて林道を歩いていく。
スキー場を出るところに登山者カード入れが建っている。元々は林道の終点付近にあったものだが、今では林道終点まで行く車がいないため下に移転したようだ。中には未記入の用紙があるだけ。普段登山者カードの無い場所を彷徨っているので、面倒だから書かなかった。こんなもの書いたところで、毎日誰かが回収に来てくれなければ用を成さない。
昔の渋谷口ルートは古い爆裂火口である琵琶沢の北側の縁にあたる稜線に沿っており、スキー場の最上部をかすめている。国土地理院の2万5千分の1の地図に載っている破線がそれである。しかし、このルートは30年近く前に既に廃道となっており、辿ることはおろか痕跡を探すことも困難と思われる。一方、現在のルートは整備されてから随分年月が経っているのだが地図には載っていない。
林道右にある小さな沼は林道建設によって人工的に作られた窪地に水が溜まったものなのだろうか?モリアオガエル(シュレーゲルアオガエルかな?)が生息していて、沼の上部に張り出した木の枝に卵の泡玉が多数ぶら下がっていた。車が入り込まず、整備もされていないのに、林道はほとんど荒れていない。林道の湿ってぬかるんだ場所に登山靴の足跡がついていた。こんなマイナーな登山ルートを辿る人がいるのである。
5年前には無かった場所に渋谷口の入り口の標識があったので、ここから登山道を歩いてみる。登山道は何度か林道を跨いでからいよいよ本格的に広い琵琶沢の藪中を登っていく。5年前に使用した林道最終点からの踏み跡を左に見て先に進む。
登山道は良く整備されていて、安達太良山と同様に岩に赤丸を白で囲んだマーキングがあるので迷うことはない。鬱蒼とした森林ではないがために日当たりが良い場所では身の丈の夏草が生い茂って道に被さっている。草いきれの中を歩いてズボンを確認するとマダニがくっついていた。一般の登山道でもマダニがいるということは、よほど歩く人が少ないということであろう。積雪が深くシカの住めない地域だからカモシカやクマが媒介しているものと思われる。暑いし日差しも強烈。この日も下界の気温は30℃を超えた。特に琵琶沢は午前中日当たりが良く、風も吹かないので蒸す。発汗しすぎるので木陰に入る度に小休止してバテるのを防止。
対面の赤埴山林道とほぼ同じ高さまで登るとチシマザサ帯を抜けて明るい雰囲気となる。ここで初めてコウリンタンポポとミヤマシャジンを見かける。