明神ヶ岳縦走(栗山沢周回)(2004年11月)

年月日:    2004.11.06(土)

遭遇した動物: シカ、ヤマドリ

行程:     万栗沢林道入り口・標高約630m から出発(06:42)〜 尾根分岐到達(09:08)〜 栗山沢南尾根(東経139度37分11秒、標高約1,100m)(09:25)〜 日向明神・標高1,518m(10:40)〜 明神ヶ岳中央峰・標高1,594.5m(11:20)〜 湯西明神、標高1,574m(12:15)〜 伐採・植林地へ下降・標高約1,300m(12:54)〜 標高1,192mポイント(13:20)〜 県道249号線に出る・標高約650m(14:15)〜 帰着(14:30)

ピークハンターではないので、馴染みのない栗山村の山々にはさほど興味がなかった。@遠い、A山深くて良い景色が望めない、B山自体が美しくない、Cチシマザサの藪がひどいという悪いイメージばかりが強すぎたからである。明神ヶ岳は名前だけは聞いたことがあったが、地図を見ても今ひとつピンと来るものがなく山歩きの対象には入れていなかった。ところが、10月になってこの先入感を改めることとなる。10月17日に黒岩山の山頂から栗山村を眺めたとき、高原山に較べたら小ぶりながらも栗山村の中心にでんと構えている明神ヶ岳の姿が印象的であった。南北に長く、中央峰をはさんで対称的に南端と北端にピークがある。きれいな容姿を視認したとなれば俄然興味が湧くというもの。翌週、野門から富士見峠に向かう途上で見た明神ヶ岳の姿も良かった。黒岩山より近い場所から眺めたのでおぼろげだった明神ヶ岳のイメージがだんだんと明瞭になり、いつかは登ってみようという気になっていた。

しかし、いざ登山対象として地図を眺めてみると、アプローチが長くしかも登山道が無い。山部さんが西側から三角点のある中央峰に登った実績があるが、林道を走って西側に回り込むのが面倒だし、中央峰を基点として南北に往復しなければならないのでいま一つ自分の嗜好に合わない。

周回コースを前提にすると必然的に栗山沢沿いの尾根に着目することとなる。3つのピークから成る明神ヶ岳は東北東に向いて彎曲しており、南峰(1,518mピーク)と北峰(1,574mピーク)からそれぞれ伸びる尾根はまるで両腕を伸ばして栗山沢を抱え込むかの様。谷の奥部より出口の方が狭まっているので周回し易そうに思えた。しかし、@距離が長く、且つA尾根上の笹藪の状態が不明である。もし、チシマザサが尾根上にびっしり生えていたら体力が持たないし、藪が薄いとしても日照時間の短い季節では日帰りできるかどうかぎりぎりの距離である。よって、明神ヶ岳を南から北に通すとして、正午までに南峰に辿りつけなかったら撤退するという目安を設けた。もちろん不測の事態に備えて山中泊の準備も怠らない。

栗山沢の右岸から尾根に取り付くのは不可能と判断し、マゴリ沢(万栗沢)の左岸から尾根に上がることとした。万栗沢林道は入り口が閉鎖されているので、車は少し一ツ石方向に進んだ地点で県道249号の路肩に停めた。

画像
万栗沢林道入り口  06:47


万栗沢林道を歩かずにいきなり右手の植林地内に入る。足を踏み入れてすぐのところに木製の山ノ神が放棄されて朽ちていた。植林の時に安全を祈願したものらしいので30年近くは経過しているであろう。スズタケが繁っていて嫌な雰囲気である。朝からどんよりと曇っているので余計陰鬱な印象を受けた。

稜線上には明らかに人為的な踏み跡がある。これは好都合だと思ったのもつかの間、ズボンにべったりとマダニが這っているのを見て愕然とした。もう今年はマダニに遭わなくて済むのではないかと思っていただけにショックが大きい。しかも異様に数が多い。10m進めば必ず5、6匹くっつくマダニを払う繰り返しでペースが上がらない。小ピークの上では背丈程度のスズタケがびっしり生える中を踏み跡が続いており、マダニの巣窟に飛び込んでいくようなものである。942mピークにすら到達しないうちに逃げて帰ろうかと思い始めていた。もう少し進めば気持ちよいミヤコザサの尾根が待っているのではないかというかすかな期待がかろうじて足を先に踏み出させた。

踏み跡は942mピークから鞍部までは尾根上にあり、次の1,001ピークはマゴリ沢側に巻いている。右手で棒をかざして斜面上方から覆いかぶさるスズタケをラッセル車のように除けながら進む。スズタケが有る無しに関わらずマダニの密度は相変わらず。気温が比較的高いので首にタオルを巻いてポリエステル製ジャケットを着て歩くと発汗してつらい。ガスが少し薄くなってきてマゴリ沢の向こうの送電線が目に入った。真南に聳える1,100m級の尾根も間近に見える。時刻は既に8時を過ぎているので、このペースならば周回は危うい。ダニを気にしながら戻るのが嫌なので、真南の尾根を東進して送電線沿いに戻ろうと真剣に考え始めていた。

奥に行くほど利用頻度が下がるので踏み跡は徐々に薄く不鮮明になっていく。ついに植林地内で踏み跡が消えたので適当に斜面をよじ登って尾根上に出てみるとスズタケはまばらで歩き易い。しばらく尾根上を進んで標石と保安林標識がある尾根分岐に至る。

画像
尾根分岐(東経139度37分21秒、標高約1,100m   09:08


右手に気持ち良さそうな尾根が下っていく。赤いテープの目印有り。多分これが明神岳に至る尾根であろうとは思ったが、ガスがかかっていて周囲の地形を把握できないため半信半疑。試しに主尾根を少し進んでみると地図と同じ東南東に向かっているので、赤テープの主は送電線巡視路方面から来たと考えられる。現在位置を特定できたし、まだ時間に余裕がある。尾根の雰囲気が予想以上によかったので明神ヶ岳方面に踏み出した。

分岐点から先の標高1,100m以上の緩やかな起伏の尾根上ははブナ・ミズナラ主体の自然林となる。チシマザサ藪の存在を想定していたのであるが、西進するときの上り坂でスズタケ、それ以外の場所では丈の低いミヤコザサの林床であり歩きやすい、人による踏み跡はないが、替わりに明瞭な獣道が稜線上に続く。大きな雄シカを目撃。シカの生息地である以上、ササの丈が低くても油断はできない。こんなところでもマダニがたくさんくっついた。

画像
栗山沢南尾根の雰囲気  09:25


徐々に尾根の付け根に近づき勾配が急になる。標高1,200mを過ぎているというのに尾根の南側で豊富な水が流れる音が聞える。行ってはみなかったものの湧水があるのかもしれない。明神ヶ岳南峰(日向明神)直下の200mは平均斜度40度の勾配があって周回コースで最も気になる場所であったが、膝下程度のミヤコザサに覆われており、滑ることもなく木立につかまって難なく登ることができる。古い赤いテープと黄色いテープが残されているが、これがなくても帰りに迷う心配はなさそうである。

標高1,400m付近から見た光景。朝方明神ヶ岳をすっぽり覆っていたガスが一瞬切れて、本体が姿を現した。

画像
明神ヶ岳中央峰(左)と湯西明神  10:22


明神ヶ岳南峰(日向明神、標高1,518m)に到着すると同時に太陽が覗いた。周りはガスの中だが山頂だけ日が照ってくれた。昔、山全体で大木を伐採したことがあるせいなのだろうか、大木は見かけなかった。山頂には数は少ないもののシラビソ、アスナロ、ネズコが見られる。樹木はあるものの周囲の様子を伺うことは可能と思われる。残念ながらこの時は標高1,500m以下は雲海の下で何も確認できず。

山頂には測量に用いた木のやぐら有り。三峰山岳会の1985年の登山記録にも出てくる。この山は日向地区の明神信仰の対象であり、1963年頃迄は旧盆17日の北根明神祭りで登拝していたらしい。よく探せば木祠の残骸が見つかるのかもしれない。

 
画像
日向明神山頂(標高1,518m)  10:43


尾根分岐からは順調なペースで日向明神に到達することができた。これならば正午までに中央峰に到達できそう。急斜面を登る途中でターゲットを確認しているので迷わず北進。

日向明神と中央峰の間の明神ノタアと呼ばれる鞍部に向けての下りに小さな岩場があるが、東側の斜面を下降できる。明神ノタアから中央峰へ向けての登りは延々とミヤコザサの中の獣道を辿る。

画像
明神ノタアから中央峰へ向けての登り


明神ヶ岳中央峰(標高1,594.5m)到着時、ようやく青空が覗き、ガスが消えて湯西川から福島県境にかけての様子が見えるようになってきた。高倉山の山頂もようやく姿を現しつつあった。

画像
明神ヶ岳中央峰(標高1,594.5m) 11:20


針葉樹が少なく、落葉期は日差しを浴びてポカポカ暖かい。笹原の中に枯れたワラビやヨモギが見られる。ウツギのようでありながらアジサイのような花の残骸をつけた樹木が目立った。ノリウツギなのだろうか。これらの植物を見る限り深山の雰囲気はない。

ここもマダニがいるので笹原に座る気になれない。深山の趣が無いせいか、まだ未踏の行程が半分残っているせいか特に感慨はなかった。二等三角点に腰を下ろし、軽食を摂って先を急ぐ。この時期は時間の余裕はあればあるほど良い。

中央峰を下る途中で湯西明神(北峰)にかかっていたガスも消えた。下るべき尾根も見えてもう不安は無い。

画像
湯西明神


明神岳の北側は南側と対照的に尾根が(特に東側が)痩せており、シャクナゲやツツジ類の潅木がややうるさい。栗山村で最も山深いこの地もかつて人の手が加えられた歴史があり、一箇所やたらとワイヤーが這わしてある。縦走してきた中央峰と南峰の姿は北から奥袈裟丸山に向かうときの光景に少し似ている。

画像
日向明神(左)と明神ヶ岳中央峰  12:10


明神ヶ岳北峰(湯西明神、標高1,574m)は遠目には鬱蒼とした原生林に覆われている丸い頂に見えたが、実際は落葉樹主体でやや深いミヤコザサに覆われた二重構造を持つ。ミヤコザサの丈の変化から北に行けば行くほど積雪が多く湿潤であることがわかって面白い。

画像
湯西明神直下  12:13


尾根が東西に伸びているので、引馬峠に至る尾根の如く積雪しやすくチシマザサが深いことを予想していた。これが北尾根を下りに選択した第一の理由である。しかし、実体はほぼ100%ミヤコザサの尾根で快適。急斜面が無いため滑る心配がないことが第二の理由。尾根の構造が単純でルート探しをする必要が無いことが第三の理由である。下りは何も考えずに快適でありたいものだ。尾根の下りに4時間確保できたのでゆっくり安全に下ることができる。

画像
日向明神


標高約1,300mの伐採・植林地へ下降すると湯西川と県境の山々が見渡せる。栗山沢のガスも完全に消え、登りに辿った尾根やさらに向こうの送電線も全て確認できた。

画像
大嵐山と土倉山   13:02
画像
湯西川地区


伐採地なので笹原の中に樹木が転がっており注意が必要。フリウギ沢の北側の尾根でも大規模に植林されていて、作業道が見えるので、湯西明神から1,232mポイントに向けて下ることも可能と思われる。林業関係者が使用していると思われるモノレールが稜線上にあったのでこれに沿って歩く。

画像
フリウギ沢から上がってくるモノレール


標高1,192mポイントから真正面に横瀬山と持丸山、眼下(550m下方)に一ツ石集落と湯西川が見える。

画像
持丸山、横瀬山、高瀬山   13:20


北側に降りていくモノレールと別れて、一ツ石集落のやや南側を目指して急傾斜の尾根を下る。若い植林地を過ぎると潅木の藪に突入する。伐採はしたものの何故か植林せずに放置したため藪化してしまっている。ここでもマダニがいるので、結局全ての行程でジャケットを着込んだままで通してしまった。

藪を抜けると若い檜の植林地帯となる。尾根に沿って下れば一ツ石集落にぶつかる。民家の裏手に出るのだけは避けたいので、標高950m付近で南に派生する尾根に乗り換える。広葉樹の浅く広い谷筋を木につかまりながら下り、最後は植林地を抜け、一ツ石集落手前の大きな変圧器がある場所で県道249号線に抜けた。あとは湯西川の美しい流れを楽しみながら車に向かうのみ。マゴリ沢に寄って、体を拭いて着替えをしてから帰宅。

今日は7いったい何匹のマダニにたかられたのだろうか。数えたわけではないが数百匹は払い落としたはず。とにかくコース全域で場所を選ばずくっついた。明神ヶ岳は栃木県で最もマダニが多いのではないか?マダニ対策は万全で結果的に1匹も喰いつかせなかったので、登頂よりこちらのほうが嬉しい。

マダニの件を除けば、決して難易度が高い山ではない。藪山ではなく縦走に適した素晴らしい山であると感じた。なお、日向明神の登り下りと一ツ石へ向けての下降では傾斜がきつく、樹木につかまって体を支える場面が多いので腕の筋肉が疲労する。腕の使い方がチシマザサの藪払いとは逆になるので、この山に登らんとする方は腕の筋肉を鍛えておくことをお勧めする。

探査記録をまとめるためにWebを検索していて1985年6月に三峰山岳会が栗山沢を遡行した時の記録(岩つばめNo.255)を発見。日向明神・湯西明神・明神ノタアの地名は、この記録に出てくる呼称を参考にしました。

後日、図書館で明神ヶ岳に関するすばらしい書籍を発見。明神ヶ岳に興味のある方にとっては必見の著。

    「奥鬼怒山地 − 明神ヶ岳研究」  橋本太郎著  一九八四年 現代旅行研究所発行

この書物の最大の特徴は信仰・鳥屋場・産業・交易路といった、明神ヶ岳を中心とする奥鬼怒の山々と人々の関わりの歴史について詳細に記述している点にある。現在の地図には載っていない沢や尾根の名称についても詳しい。

山野・史跡探訪の備忘録