残雪期の大倉山・流石山(2006年4月)

年月日:    2006.04.15

行程:   湯川橋・標高約830mからスタート(06:00)〜尾根取り付き・標高930m(07:00)〜標高1,410mの肩(08:37)〜1,600ポイント(09:15)〜大倉山・標高1,885m(10:31)〜流石山・標高1,812.5m(12:06-12:20)〜三斗小屋宿跡・標高約1,100m(13:37)〜車に帰着(14:22)

関連記録

@ 2008-04-29 大倉山・三倉山(2008年4月)
A 2010-04-04 大川峠〜大倉山その2

福島県との県境にある大倉山の稜線は、風雪の厳しさと雪崩で樹木が大きく成長せず冬季は積雪で真っ白な姿を見せる。空気の澄んだ日はその姿をさくら市氏家からもよく視認でき、男鹿山地と那須連峰の間に白く浮かび上がる様子はこの世のものとは思われないほど美しい。雪がたっぷり残っているうちに訪れてみたいと思っていた。

大倉山稜線への冬季のアプローチは難しい。無雪期の栃木県側からのアプローチとしては、三斗小屋宿跡〜三斗小屋温泉を経由して、橋の無い沢を3回渡渉して大峠から登るのであるが、残雪期にこれを辿るのは難がある。春先に雪解けで増水した沢を渡渉するのは避けたい。アップダウンが多く、距離も長い。必然的に往復になり、時間がかかりすぎる。

風が強くて天候が安定しない山域であるから、基本的に日帰りとしたい。ならば残雪期ならではのアプローチとエスケープを考える必要がある。いつもの思いつき登山はこの山域では通用しない。国土地理院の地形図をダウンロードして繋ぎ合わせて専用の地図を準備し、念入りに事前検討を行った。栃木県側はいずれも勾配のきつい藪尾根で、普段の山歩きでは近寄らないような場所ばかりである。藪は残雪に覆われていれば問題ないだろうが、反面、急勾配の雪面では足がかりが無く滑落する危険がある。樹木が生えていて、つかまる物が多いことが安全に登り下りするための必要条件である。地形図で全ての尾根を検討した結果、いずれも@取り付き地点の急勾配とA県境稜線直下の樹木の無い雪の斜面を攻略しなければならない。@は登りはなんとかなるとして下りが特に危険。よって懸垂下降の用具一式を所持。Aは到達時刻が昼近くで適度に雪が緩んでおり、滑落の心配はないであろう。あとは現地の状況を見て撤退も含めて適切な解を選択する。

14日の時点で、翌15日(土曜日)の会津地方は快晴、栃木県北部は曇りの予報。良い方向に外れれば県境も好い天気に恵まれるはず。久々に山歩きの機会到来である。連日の激務で疲れがたまっているので、暗いうちに早起きするのは絶対に不可能だ。よって、車中泊すべく夜11時過ぎに家を出て、深山湖へ向かった。空には雲ひとつなく満月で明るい。真夜中なのに雪を被った大倉山の姿がボーッと空に浮かび上がる。TEPCO展示館(休館中)の近くの空き地で缶ビールを飲んで眠りについた。

翌朝、明るくなって5時前に目が覚めた。あまり冷え込まなかったようだが、一応天気良さそう。もう少し寝ようか小用をたしに車外にでようか決めかねていたら、釣り客なのだろうかオフロード車が一台走っていった。これを機に起床し、一旦ダムサイトに戻って大倉山の様子を観察。登りに使う予定の大倉山南尾根が一望できる。標高1,300m以下では雪が消えている。大倉山直下も黒々として雪が無い様に見える。

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05:22


雪の残り具合は想定外だが、安全面では好都合と判断し予定決行。まず、三斗小屋宿方面に進入し湯川橋に車を停めた。

湯川橋(標高約830m)から歩行開始。一旦林道を歩いて戻って、林道・七千山線に進入。大沢に10箇所以上の砂防堰堤を建設するために作られた林道で、標高900m辺りまでは荒れていない。南東方向に湾曲してくる尾根先端に取り付くつもりだったのだが、林道終点から先は沢に降りて堰堤越えをしていかなければならない。チシマザサ藪も濃い。嫌気がして当初案を放棄し、標高930m付近で小さな尾根に取り付くことにした。道路終点に落とした手袋を探しに戻ったりして時間を食い、取り付いた時は出発してから一時間経過していた。

下りは懸垂下降必至と思われるような場所を樹木につかまりながらサルのごとく這い上がってみると、尾根の上は延々とチシマザサ藪が続く。150mほど我慢して登ると尾根は急斜面に吸収されてしまう。標高1,200m付近までは全く笹の無い場所を選んで登っていける。平均で斜度40度程度あるものの、土壌がしっかりしていて危険は無い。驚いたことに昔に人の手が加えられていた痕跡がいくつか認められる。

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七千山の急登   07:28


標高1,200m以上ではチシマザサの無い場所を見つけるのが困難となり、標高1,250m以上になると徐々に残雪の島が見られるようになる。ここで軽アイゼンを装着。朝日を受けた雪面は早くも緩み始めているようだ。樹木が生えていても一旦滑れば数mは落ちるので気を抜けない。必ず真下(背後)にブロックとなる樹木があるように登る。一度は滑ったものの落ち着いて樹木の根元に着地。

標高1,350m付近で危険地帯を抜けて当初案の尾根に乗り、大沢奥部を右手に見ながら登っていく。

気持ちの良い標高1,410mの肩で小休憩。この辺りで急登の疲労が出てペースが上がらなくなった。さすがに標高差450mの急斜面を直登すると腿だけでなく足首にも疲労が溜まる。この後は比較的勾配がなだらかで、足を騙しながらきれいな広葉樹林をゆっくりと登る。梢越しに大倉山南面の禿を確認できる。

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08:47


標高1,550mを越えると丘陵状となり、ドウダンツツジ類が目立つ。標高1,600mまで上がると東側に大きな雪庇が発達し、障害物が無く那須連峰の眺めがすこぶる良い。

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那須連峰   09:15


取り付きからの急登と対照的に1,600m地点からは快適な雪面歩きとなる。最も高く見えるのが大倉山(1,885m)で、潅木藪が露出して黒く見える。山頂直下の白い部分は滑落の危険があり歩けない。中央の灰色の部分は植物が生えない礫地帯である。

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1,600m地点から見る大倉山  09:17


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1,600m地点にて


問題は標高1,740mから山頂まで続く潅木藪だ。ここは西側にある県境尾根よりも標高が高く、強い北西風をもろに受ける場所だが、本日は南東の風なので助かる。厳冬期は風雪が表面をなぞるように吹き抜けてしまうので、もともと積雪が少なく雪崩も発生せず潅木藪が発達している。ミネザクラ・ハイマツ・ドウダン・シャクナゲ・イヌツゲがびっしり生え、隙間を丈の低いチシマザサが埋める。東側斜面に残雪帯があるが、一旦滑落したら谷底まで転げ落ちるのは確実。藪は安全を保証してくれるありがたい存在と心得、ゆっくり着実に藪中を進む。

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標高1,650m以上では南側の男鹿山地や西側の県境尾根も一望できるようになる。

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1,700m付近から見る男鹿山地  09:41
写真中央の最高点が大佐飛山。右側の白い山が男鹿岳。
ちょうど同じ頃、よっちゃんさんがこちらの写真を撮影していました。


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県境尾根   09:40


ついに県境に到達。山頂の植生は南斜面と同じなので、気が付いたら山頂だったという感じ。山頂標識に拠ると、一応ここが大倉山とされているようだ。

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大倉山山頂   10:31


真っ先に目に入ったのは周囲から白く浮かび上がる神々しい三倉山の姿。三倉山の尾根は南北に延びて痩せているので、雪庇の状態によっては行けないであろうと予想していた。実際、三倉山手前の鞍部の雪庇が発達しており、いまにも崩落しそう。三倉山の最後の登りはつかまるものが無く滑落の危険度大。この時期は遠くから眺めるのが正解。夏になったらまた来よう。

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大倉山から見る三倉山  10:33
流石山方面から見るとパッとしないのであるが、大倉山から見る三倉山の姿は神々しい。


この時期はアプローチが困難であるため、最近誰かが訪れた形跡はなかった。この日も山中に人の気配無し。

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大倉山から見る那須火山群北側  10:34
右端が三本槍岳、中央が旭岳、左奥に二岐山。遠くに見えているのは大戸岳らしい。


流石山に向かうべく稜線沿いに歩を進める。県境尾根の残雪はスカスカの場所があり踏み抜きが多いのでかんじきを装着。すぐにはずれてしまうので何度も付け直しを強いられる。

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流石山方面  10:58
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旭日岳  11:06
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二岐山方面  11:51


1,831mピークと1,792mピークの間は強い南風が吹きぬけていて少々怖かった。いつもの北西風ではないが、強く吹かれるとさすがに寒い。陽射しが強烈なので、汗拭きタオルをほっかむりし、その上から帽子を被る。汗拭きタオルは汗拭き以外にも防寒・日除けにも役立つ優れものだ。太陽の周りにはきれいな傘がかかって、翌日天候が悪化することを示していた。

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流石山西隣のピークから見る大倉山〜三倉山  11:59


12時06分 流石山到着。

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流石山から往路を振り返る  12:06


昼食休憩しながら今後のルートを思案。時間はたっぷりある。案は3つ;@大倉山まで戻って、登りに使った尾根を下る(強風の鞍部を戻ることになる。潅木の藪がうっとうしいが、安全に下れることは保証できる。)、A流石山の南尾根を下る(尾根の様子が不明。最速。)、B大峠経由で下る(距離が長く、アップダウンがきつい。渡渉点有り。)。

流石山直下の藪は大倉山のような密な混合藪ではない。かんじきを履いたままでも歩ける。最後の急勾配に不安がないわけではないが、樹木に覆われているので懸垂下降の装備を所持していれば問題ない。よって、案Aを選択。流石山南尾根の下降開始。

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流石山南尾根の下り  12:29


眼下に三斗小屋宿跡の除雪した林道が滑走路みたいに見える。三斗小屋宿跡に向けてまっすぐ下れば良いので方位を確認する必要無し。樹木が無い区間は尻セードで一気に下降。1,436mポイントまでは概ね順調。いよいよ核心部の300m弱の下りが待っている。チシマザサにつかまっていても足が滑ればかならず転ぶ。足掛かりを最優先とし、かんじきをはずして軽アイゼンに戻し、スパッツを着け雨着のズボンも履いて慎重に下る。標高1,250m付近からは雪が消えて下りやすくなり、結局ロープに頼ることはなかった。沢も倒れた樹木を伝って難なく渡渉。会津中街道跡を辿って除雪された林道に抜けた。

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会津中街道跡   13:37


標高差700mを一時間強でエレベータのように一気に下ってしまったので、予想外に時間に余裕ができた。まだ昼間で明るく暖かい。山上と異なり風もなく静かだ。早春の雰囲気を味わいながらのんびりと林道を下る。フキの自生はあまりないようだった。湯川で魚釣りをしている人をみかけたが、温泉成分を含む御沢合流点より下流で釣りになるのだろうか。

帰りに深山湖の堤頂で大倉山の写真を撮影。残念ながら波立っていて湖面に映る大倉山の姿は撮れなかった。

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深山湖から見る大倉山  14:43
最高点が大倉山(1,885m)。左下にこの日辿った尾根が写っている。
七千山南面は標高1,300m以下で雪が消えていた。


週末の天候に恵まれずいろいろ用事も重なって、枯木山以降一ヶ月以上も山から離れていたが、念願の場所を訪れることができて溜まっていた鬱憤を晴らすことができた。今回首尾良く周回できたが、最高に近い条件が整っていたからこそ短時間で達成できたのであり、決して他人にお薦めはできない。簡単にエスケープできない場所なので、悪条件で判断を誤れば遭難する危険度が高まる。基本的には無雪期に一般登山道を辿るべき山である。

山野・史跡探訪の備忘録