年月日:2006.11.25
遭遇した動物:ノウサギ、キツネ
荒海山(中三依では太郎岳と呼ぶ)は栃木県側からの登山路がなかった。普通の山なら登山路なんかなくても適当に藪漕いで行ってしまうのだが、荒海山の栃木県側斜面は勾配がきつくそう簡単には攻略できない。うまく尾根に上がれたとしても県境随一の激藪が待ち受け移動がままならない。どうせ登るなら西隣の次郎岳も歩きたい。となると、日帰りでは無理。そんな訳で荒海山は県境で最も攻略しにくい山との認識があった。「県境の山は全部栃木県から登る」というくだらないこだわりがあるため、挑む条件が整わず荒海山登山は長らく懸案となっていた。
今年になって中三依の有志が入山沢からの登山道を整備したとの情報を得た。烏ヶ森の住人さんの報告に拠れば、藪払いをして赤ペンキ標示しただけなので決して万人向けのコースではないらしいが、道ができたことは事実だ。「県境で最も攻略しにくい山」というイメージがガラガラと崩れて目標を失いガックリ。しかし、考えようによっては登山道がある山として新たな楽しみが広がったということでもある。日帰りで次郎岳も周回できそう。25日は絶好の登山日和につき、がんばって早起きして中三依に向かった。
入山沢に入るのは初めて。退避点が少ないが林道状態は良い。林道が左岸から右岸に渡る手前で鎖が掛けられていたので、手前に車を置いていく。入山沢左岸の鉄塔方面に上がっていく道路から荒海山を望める。
左側に未舗装林道が分岐する手前の地点で道路の左右に明らかに人為的な平坦地が認められる。よく見ると対岸にも似たような場所がある。建物跡地のように見えるが、現在はブナの林になっているので放置されてから数十年は経過しているだろう。この地域に鉱山があったという情報もあるが、関連性は不明。
道路が分岐する手前で左側に『太郎岳登山口』の標識を見る。
ということは左の道に入れということか?この道は荒海山〜次郎岳の南斜面の降水を全て集めるタケノ沢沿いにあり、タケノ沢砂防堰堤(平成17年竣工)を整備するために設けられたものである。白い冬毛に生え変わったノウサギが跳ねていった。砂防堰堤の奥で道は行き止まりとなり、登山道は見当たらない。地形図に記載されている右側の道を進むのが正解である。
登山道入り口を目指して進むと、前方に軽トラックが見えた。人の姿も見える。軽トラックということは地元の人間だから狩猟者の可能性がある。11月16日から狩猟解禁になっているし、鳥獣保護区の看板も見た記憶が無いので、撃たれるかもしれないと思い引き返す。さて、どうしようか。タケノ沢を詰めて次郎岳に登って逆周りという手もあるが、最初から沢歩きする気になれん。地形図を見ると、1,071mポイント経由で尾根を登っていけば県境尾根に上がれそう。おそらくそこで登山道に出会うであろう。あとは藪の状態次第。元々登山道に頼る気はなかったのだから、ダメ元で試してみる価値有り。
取り付き地点は急勾配のカラマツ植林地。すぐに勾配が緩くなりほとんど藪無しの快適な尾根歩きとなる。最初はまばらにアスナロの幼樹が生えているだけであるが、標高950mを超えると尾根が狭まりアスナロ・ヤマグルマ・イヌツゲ・ツツジ系の潅木の混合藪がうるさくなる。ただし、延々と続くわけではなく、尾根が広がり美しいブナ林が見られる場所では藪が消えるのが救いだ。
標高1,100m辺りを最後にしつこい藪が消え、薄いチシマザサの藪に移行する。標高1,200m付近で人の声が明瞭に聞こえてきた。さきほど見た人たちはどうやら狩猟者ではなく登山者だったらしい。ただし、山の中では遠くの声が収斂して聞こえる場合があるので、登山道が近いのかどうかは不明。
勾配がきつくなりいよいよ最後の登りに入ったことを感じると間もなく、上方の岩に赤ペンキが見えた。やった!これで荒海山まで楽できる。抜け出たのは登山道が岩の下方を回り込んでから一気に県境尾根に上がる場所である。藪漕ぎの労から解放される反面、掴まる枝が無く刈り払った潅木やササの茎が尖っていてかえって緊張する。
三角点峰に登る途上で俯瞰すると、登ってきた尾根が反るように突き上げる感じ。ポチッとタケノ沢砂防堰堤が見える。
荒海山の三角点峰に一番乗り。意外だ。周囲360度雲ひとつなくすっきり見渡せる。遠く山形県境まで見える。北側にある七ヶ岳越しには白い飯豊山も望める。これだけ天気が良く空気が澄んでいる日に山歩きするのは今年初めて。強い風が吹いていないので快適である。
帰路のことが気になるのであまりゆっくりせずに西隣の山頂へ移動。登山道を北側に下ったところに小さな小屋がある。元々は何かの測量に用いられていたようである。確か南稜小屋と書かれていたような。
次郎岳は荒海山(太郎岳)と対を成す顕著なピークであるから、踏み跡があるのではないかと期待していた。たしかにそれらしい痕跡はあるのだが、現在はまさに激藪状態で歩けたものではない。強情なヤマグルマ・イヌツゲ・シャクナゲの枝を強引に分けて体を滑り込ませ、バランスを取りながら枝を渡り、しつこく絡まる蔓を解き、枝を掴んで体を支えながら上り下り。枯木山の尾根の方がよほど楽である。次郎岳の南斜面を下ることができなければこんな酷い藪尾根を戻ってこなければならないのだ。烏ヶ森の住人さんやsatoさんをはじめとしてこんな場所を突破した人たちがいるのだから恐れ入る。次郎岳がすぐ近くに見えているのになかなか近づかないのであせりを覚える。
次郎岳からの眺めは秀逸であるが、わざわざ藪漕いで再び訪問する気にはなれないな。
来る途中で観察した南斜面の様子が思わしくなかったので気持ちに余裕が無く、休憩無しで下りに入る。地形図の等高線からは、標高1,500m前後に最大で20m程度の崖があることが予想される。そのため、今回は懸垂下降の装備一式を詰め込んできた。確かに岩場は存在するが、場所を選んで潅木を頼りに下り横移動すれば突破可能。これで帰れる目処が立ち、安堵して昼食休憩。荷物を開けてみてツェルトを忘れたことに気づいた。ビバークはあり得ない。何が何でも帰る!
地形図には表れないが、この後もう一箇所小さな崖があり西側から巻く。標高1,430mの尾根は地形図上では広く平坦で歩き易そうに見えるが、実は藪の濃い痩せ尾根である。ここも稜線歩きを嫌い西側斜面を巻くが、滑って難儀する。
標高1,350mの鞍部は風雪が通り抜ける場所らしく雪が残っていた。ここから東のタケノ沢に向けて降下する。
藪は薄く、掴まる潅木があって安心。人の手が入ったことがなくブナを主体とした太い樹木が生え常緑のシダが地表を覆う。シダの下はガレなのであるが、最近崩れたような岩は見当たらず、踏み抜けることもない。この光景が標高差にして200m以上続く。
落ち葉に霜が付いているので、谷の地表付近では気温が氷点下のままだったらしい。さきほどまで藪との格闘で激しく握力を使っていたため左の掌が痙攣し続ける。
標高1,100mで沢が合流する地点で初めて水流が現れ、以後はナメ沢となる。サンショウウオ獲りに使うと思われる道具を見かけた。沢靴が無いので少々緊張するが、標高950m辺りから左右両岸に平坦地があって歩きやすくなる。カラマツが植林されているのでもう危険箇所はない。谷が一気に広がり白いナメ床の先にタケノ沢砂防堰堤が見えた。周回達成。