船生・白石川奥部再訪(2007年8月)

目的:       白石川源頭のキツネノカミソリ確認

遭遇した生物:  ヤマビル

行程:       西沢林道終点から往復。 約1時間

経緯: 船生奥部の山域(林道の名前にちなんで個人的に西前高原と称している。)は期間限定ではあるが栃木県で最も好きな場所の一つで、近年は毎年早春に訪れている。"期間限定"の理由の一つは見晴らしの良い場所が少ないので木々の葉が茂るとただの暗い樹林に変貌してしまうこと。もう一つはヤマビルの生息地だからである。

2003年3月に西前高原の尾根縦走の帰りに白石川源頭を下った。このとき広葉樹に覆われた斜面にスノーフレーク似の植物(スノーフレーク似という表現が理解しにくい方はスイセンを想像していただけるとイメージが近い。)が多数芽を出しているのを見た。この植物の正体を確かめたいと思いながらも、上記の理由で近づかず正体が判らぬまま4年が経った。

2007年3月に西沢林道終点を出発点として白石川詰めて尾根に抜ける際、白石川源頭の斜面にスノーフレーク似の植物が芽を出しているのを再確認。葉をつぶすと嫌な臭いがする。帰宅後に自宅のスノーフレークの葉をつぶしてみたら臭いが同じだった。ということは同じヒガンバナの植物で球根を持つであろう。人里から遠く離れた場所の広葉樹林の斜面に広範囲にたくさん生えているのだからスイセンでは有り得ない。地中海方面原産のスノーフレークでも有り得ない。山歩きそのものより植生に興味があるので、今年こそ確認してやろうと考えた。

年月日:  2007年4月1日(日)

治療したばかりの歯の炎症が少し治まりかけてきたので、11時頃に白石川奥部に生えているスノーフレーク似の植物の正体を確かめに出かけた。土曜日に雨が降ったばかりで、西沢林道は水溜りだらけ。水はけが悪い林道なので、一旦降雨するとしばらくは水溜りが消えない。

終点から歩き始めて5分程度で最初の群落に至る。花芽の一本でも出ているであろうとの期待に反し、ただ葉っぱが伸びているだけ。広葉樹の葉が広がれば地表には十分な光が届かないので、早春に芽を出すカタクリなどの植物はさっさとやるだけやって休眠してしまう。このスノーフレーク似の植物は春に花を咲かせないのだから葉を広げるだけで休眠してしまうのだろうか。もしそうだとすればいったいどうやって個体数を増やして群落を拡大しているのか。

予想していた通り、地中に球根を持つので分球で増えているのは間違いない。しかし、群落は数本毎の小集団から構成されているので、分球だけで増えたとも思えない。地下茎が無いから実生でも増えるはず(花が咲くはず。)。というわけで、数株を掘って自宅に持ち帰った。今後どのような変化があるのか楽しみである。

画像
4月の白石川奥部斜面林  12:49
画像
スノーフレーク似の植物


来るときは泥をはねないように運転に集中していて気づかなかったが、この山域にはカタクリが多く開花中であった。どこぞの公園のように地面を埋め尽くす程ではないが広範囲に分布している。4月下旬には谷は山吹のまぶしい黄色で彩られるであろう。

年月日:  2007年4月16日(月)

4月1日に船生奥部から移植したスノーフレーク似の植物は葉がややだらしない感じになってきた。結局花茎を出さぬまま休眠に入りそう。

既に今年の庭の雑草との戦いは幕を開けている。まずは敵を知ることから始めようと、就寝前に先日購入した雑草のカラー写真が豊富な図鑑をペラペラめくっていて一つの写真に目が留まった。例の謎の植物の葉にそっくり。その植物の名はキツネノカミソリ。なーんだ!めずらしくもなんともないじゃん。葉が臭くてスイセンみたいな球根を持つのでヒガンバナ科であろうとの予想は当たっていた。早春に葉を広げて球根に栄養を蓄えて一旦休眠するとのこと。夏の終わりに橙色の花が咲く。ヒガンバナみたいに毒々しくないので個人的には好きな花だ。

キツネノカミソリを初めて見たのは栃木県に越してきてからのことで、10年以上前の9月の頭に余笹川と黒川の合流点近くの国道294号沿いにたくさん咲いていた(現在は拡幅工事で減少)。このときのイメージが強くて、ヒガンバナのように人里にしかない植物と思い込んでいたので、まさかスノーフレーク似の植物がキツネノカミソリとは思わなかった。あんな山奥に自生しているとは。図鑑によると自生地は"斜面林"だそうで。なるほど、源頭部の広葉樹の斜面林にびっしり生えていた訳だ。開花時はさぞ見事であろう。

涼しくなってから咲く花というイメージがあったので、このときは楽しみが一つ増えた程度にお気楽に考えていた。

年月日:  2007年8月18日(土)

お盆に福島に帰省する途中、那須町で国道294号沿いにキツネノカミソリの花を見た。キツネノカミソリの開花は毎年楽しみにしている光景である。今年春に白石川奥部で見つけたキツネノカミソリの大群落が開花する様子を見てみたいので、今年はこの花の開花時期を知ることに特別な意味があった。

行くタイミングをつかめたのは良いのだが、今の時期に船生の奥部に入り込むのはかなり勇気のいる行為だ。早春は素晴らしい遊び場なのだが、5月下旬頃からヤマビルがうじゃうじゃ出てくるのである。もうちょっと涼しくなってから咲いてくれればよいものを、このクソ暑い時期にヤマビル対策の服装で山歩きしたら熱中症になりかねない。下手したら倒れてヤマビルに吸血されまくって死ぬぞ。

17日夕方から雨が降って涼しくなった。18日はアユ釣りの予定がないので、雨が上がった午後にキツネノカミソリ見物決行。降雨後なので西沢林道は部分的にぬかるんでいる。終点2km手前で道のど真ん中に置いてある通行止めの標識をずらして先に進む。この際、アブが5、6匹車に入り込んでうるさい。道は春の状況とさして変わらず、無事終点到着。すでにヤマビル生息圏内に深く入り込んでいるので、車の中で準備を済ます。

数日前、テレビでヤマビル被害の報道を見た。丹沢あたりではシカが増えすぎでヤマビルが増殖し、わんさかヤマビルにたかられた登山者が麓でヤマビルを除去。このヤマビルがはびこり、里では農作業ができなかったり風呂にはいってきたりと大変らしい。船生の奥部は栃木県でも有数のヤマビルパラダイス。笹薮が少ない山域だがシカが生息しており、シカの血を吸って増殖しているらしい。今回のヤマビル対策として、まず長袖シャツ・作業ズボン・帽子はもちろんのこと、さらに上下に合羽を着込みフードも被る。沢底で岩が滑るのでスパイク長靴を履き上部のラバー部の紐を締め、手袋もはめる。ヤマビルは靴紐の隙間にもニュルッと入り込むという。とにかく隙間を無くして、且つ二酸化炭素が服から漏れないようにした。まったく、なんちゅう格好だ。暑い時なら30分も歩けば脱水症状になりそうだ。

本日はどんよりと曇っていて谷間が暗い。ヤマビルの待ち構える薄気味悪い沢奥部へ進入。これが早春に爽やかだった場所であるとはとても思えない。中間地点で最初の群生地に至る。期待通りキツネノカミソリは咲いていた。

里山で見かけるキツネノカミソリよりも花茎が長く華奢な感じだ。単に花を咲かせるだけで光合成する必要はないのだから、日陰でも花茎の長さは同じで良いと思うのだが、???

画像
白石川奥部のキツネノカミソリ  2007-08-1815:15
ひょろっとして花弁も細い。
画像
一般的なイメージのキツネノカミソリ
2007-08-2616:21  高原山・黒沢林道にて


手持ちで撮影するには光量が絶対的に足りない。かといって、先があるし、アブもヤマビルも気になるので三脚出す気になれず手振れ覚悟で撮影。

画像


さらに暗くなってパラパラと雨も降ってきた。逃げ帰りたいところだがこの機会を逃したら一生行く気になれないかもしれない。我慢して最奥部へ向かう。谷間が暗くてさらに眼鏡が曇っていたせいかもしれないが、最奥部に至るまでヤマビルは見かけなかった。合羽の上をわんさかピコタンピコタンと這ってくる姿を想像していただけにちょっと意外だ。でも絶対に居る!この地域で以前、多くのヤマビルを目撃しているし、そのときよりヤマビルの活動には好条件だからだ。

最奥部の斜面林は期待した通りキツネノカミソリが満開。壮観なのだが、いままで見たことのあるキツネノカミソリの群落とは様相が異なる。これが本来のキツネノカミソリの姿なのであろう。

画像
8月の白石川奥部斜面林  15:12
画像


暗い林の中でヤマビルとセットになっていると思うと、病気持ちの遊女に囲まれているみたいで不気味だ。

少しでもヤマビルが人の気配を感知するのを遅らせようと、大きな石の上に立って三脚を準備。写真撮影するには、どうしても同じ場所に留まり膝をついたりしなければならない。

写真撮影はほんの5分程度だったと思うのだが、ついにヤマビルが出現。暗い林の中で曇った眼鏡を介して、膝の上を元気良く這ってくるおぞましい姿を捕らえた。撮影中止。慌てて合羽をはたいて退散。歩きながら三脚をたたみ休まず下る。午後3時を過ぎたばかりだというのに谷は真っ暗である。合羽の上着の裾をズボンの中に入れておかなかったことを後悔。服の中に既に入り込んでいるかもしれないと思うと気味悪くて仕方がない。早く服を脱いで確認したいのだが、したたる汗で眼鏡が曇って足元が見えず急げない。ガレた暗い沢底を慎重に歩いて無事車にたどり着いた。

車に戻ってまず合羽の上着を脱いで確認。ゲゲッ、内側に居たー!アブなんてもう気にならないもんね。長袖シャツと半袖の下着も脱いでとりあえず車にあったジャケットを着込む。次いで合羽のズボンを脱ぐ。こっちも居たー!こいつらいつの間にこんなにくっついたのか?キツネノカミソリの最初の群生地で既にくっついていたのかもしれない。車に乗ってエンジンをかけようとしたら、作業ズボンの上で一匹ピコタン。慌てて車の外で払い落としたら、靴の上に落ちて靴紐の隙間にニュルリ。泣けるね。靴を脱いで叩き落とす。こんな調子ならさっき脱いだ服にも付いているかも。運転中に這ってきたら嫌だなと思い、荷台を見たら後部座席の裏側をピコタンする一匹発見。畜生〜。

西沢林道を抜けてダムサイト下の広場で入念にヤマビルチェック。幸い体にはひっついてなかった。汗ぐっしょりの衣服の塩分で元気がなくなり衣服の中にはもぐりこめなかったらしい。脱いだ衣服を点検してヤマビルを4匹発見。さらに自宅に戻って再確認したら脱いだズボンに1匹残っていた。

画像
ヤマビル  17:15
息を吹きかけると敏感なセンサーを持つ頭部(環形動物だから"口側"という表現の方が正しいのか?)を空中に伸ばして食いつく対象物の方向を探っていやがる。


谷から脱出するのがあと10分遅れていたらもっとたくさんくっついていたであろう。あの場所に行くには宇宙服でも着ないとダメだな。

西古屋から鬼怒川森林カントリークラブを抜けようとしたら、両側をゴルフ場のネットで囲まれた区間でパトカーを含む4台の車が停まっていて通れそうにない。どうやら軽い正面衝突があったようだ。この道走っているとモナコGPでもやってる感覚になる。仕方がないので西古屋に引き返し、別ルートで国道に抜ける際、よそ見をしていてサイドミラーを電信柱にぶつけてしまった。駆動部は問題ないがミラーが割れてバラバラ。まさか広場のど真ん中に電信柱があるとは思わなかった。あるはずがないと思い込むのが悪いところ。自爆事故はいつもこのパターンだ。修理代\2,500とのこと。シクシク。

いろいろあって大変な一日になってしまったが、念願の斜面林のキツネノカミソリの開花を確認できて満足している。なかなかお目にかかれない光景だと思うので、ヤマビルが気にならない方は是非お試しあれ。

山野・史跡探訪の備忘録