奥武蔵ハイキングその6(芦ヶ久保駅 〜 丸山 〜 大霧山 〜 金ヶ嶽 〜 野上駅)

年月日: 2011年11月27日(日)

行程: 芦ヶ久保の道の駅出発(06:47)〜丸山(08:35-08:40)〜748mポイント・高篠峠(09:20)〜電波塔の立つ874mピーク(09:42)〜定峰峠(10:30)〜大霧山(11:26)〜粥新田峠(11:46)〜秩父高原牧場入口の東屋で休憩(12:00-12:10)〜ニ本木峠(12:43)〜皇鈴山(13:02)〜登谷山(13:20)〜登谷高原牧場跡で道草約20分〜釜伏峠・釜山神社立寄り(13:57-14:10)〜塞神峠(14:24)〜仙元峠(14:29)〜葉原峠の200m西方の鞍部・ムダ歩き(14:59-15:12)〜金ヶ嶽・春日神社(15:28)〜・県道82号ムダ歩き(16:02-16:16)〜(16:27)秩父鉄道・野上駅(16:31)-お花畑駅(16:55)〜西武秩父線・秩父駅(15:30)-芦ヶ久保駅(17:42)

一週間前の日曜日に荒川散策した折、秋の匂いを感じないので不思議に思った。そのとき既に風邪を引いていたのかもしれぬ。月曜日に鼻の奥がヒリヒリしだして翌日から鼻水が出た。幸い鼻風邪で済んだものの、土曜日は家で静養。土曜日は眩しいくらいの快晴でどこも人出が多かったのではないだろうか。その分空いていることを期待して日曜日の奥武蔵ハイキングを計画。この2週間の間に電子国土ポータルの印刷機能が変更されて使い勝手が悪くなり、従来の自由度が高い精細な印刷ができなくなった。税金使って改悪とはね。丸山を経由して寄居の金尾・つつじ山まで尾根を北上して秩父鉄道の波及礼駅まで歩きたいものだが、途中に長瀞CCがあって通れないかもしれない。よって、長瀞町の金ヶ嶽を経由して野上駅まで歩く案に変更。7月の荒川散策その7で金ヶ嶽・春日神社の存在を知った。県道82号沿いの法善寺の横の林道入口に鳥居と説明板がある。登ってみたいとは思うのだが、金ヶ嶽だけを目的にわざわざ行く気になれず先延ばししてきた。ハイキングコースに組入れてしまえば一石ニ鳥。釜伏峠までは破線路と車道を組み合わせて歩ける。その先は破線路が記載されていない尾根歩きとなる。勾配的には問題無さそうだが、直線距離にして20km以上歩いた後であり、歩く時間帯が夕刻になりそうなことが唯一の不安材料だ。

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金ヶ嶽の説明板


日の短い季節なので、できるだけ出発時間を早めて時間を確保するために芦ヶ久保まで車で移動。道の駅に車を置いて出発。気温摂氏1℃で霜が降りていた。冷え込みが厳しくなり、アザミ以外に咲いている花は少ない。対面の車道を歩いて高度を上げていく。冷気が溜まる谷底に較べ、日向山南斜面の農地は温暖で日当たりが良い。対面には武甲山が聳えて眺めの良い場所である。かつて「あしがくぼ果樹公園村」なる場所であったらしいが(今も?)、果樹園などほとんどみかけないし、行楽客向けの施設も営業しているようには見えない。マップに掲載されている農園で現在も営業しているのは何戸あるのだろう。

あしがくぼ果樹公園村
フタバハギ


要所に道標が設置されており迷わず丸山に向かう登山道に入った。民家の裏手を通る登山道から逸れて階段のある細い尾根道を辿り、山頂の祠を経由して再び登山道に合流。落ち葉の踏まれ方から察するに、この道を歩く人は少なからず。しばし山道を辿ると日向山から来る山道と合流し、以降は広い防火線を行く。

標高730mの大日如来(弘化二年建立、牛安全・馬安全の刻字有り。)
       


時間帯が早いので丸山山頂を独り占め。本日は晴れと薄曇りの中間程度の天気で陽射しが柔らかく、しかも遠くの山並みがきれいに見える。

武甲山
手前は伊豆ヶ岳?、遠くは丹沢(大山〜蛭ヶ岳)、
その中間に見えているのが御前山と大岳らしい。


丸山山頂から県民の森に下る破線路を利用して高篠峠に近道するつもりであった。ところが、破線路は「遊歩道損壊のため通行禁止」とのこと。県民の森の道を歩くと遠回りになってしまうので、通行禁止の破線路を下った。道そのものは損壊していない。木製の土留め階段の維持が面倒で放棄したのではないか?通行禁止となって少なくとも5年程度経過しているようで、薮化して通れない。傍らの樹木の生えた斜面を適当に下る。


勾配が緩い場所で一旦は県民の森の現役の遊歩道になるのだが、その先で再び通行禁止。特に危険箇所はなく薮もない。順調に下って再び県民の森の現役の遊歩道の端に下りた。地形図に拠ればその先も破線路があることになっているのだが何も無い。高篠峠に至る車道までほんの数十mの高度差なので、樹木につかまって尾根筋を下り、砂防堰堤のある沢筋から車道に抜けた。

印刷した地図の等高線が見難くいので高篠峠まで高低差がほとんど無いと思っていたら、降りた場所から高篠峠まで約80mの登りでダラダラと舗装路を歩かなければならない。近道すべく高篠峠に東南東に詰める沢筋に入った。期待通り廃道化した昔の峠道があり、順調に高篠峠に抜けることができた。高篠峠はちょっとした広場になっていて、朝からツーリング族がたむろしている。

高篠峠から尾根筋を辿って電波中継塔のある874mピークを目指す。昨年は山頂に至る車道の立入禁止表示を見てこの山に登ることを見送った。高篠峠には何も表示が無いのだから尾根筋を辿る限り何ら問題ない。この尾根筋はオフロードバイクの連中がヒルクライムするため荒れ放題。中間ピークから先はごく普通の尾根筋の踏み跡を辿り、山頂に至る車道に抜ける。

電波中継塔のある874mピーク
電波中継塔の北側からの眺めが良い。
(大霧山(左)〜秩父高原牧場)


定峰峠方面に下っていくと白石峠から山腹を横切ってくる外秩父七峰縦走ハイキングコースが合流する。この先、釜伏峠まで外秩父七峰縦走ハイキングコースを辿る。

828mピークは矮小な笹に覆われた穏やかで美しい場所。栃木の新田山北側の雰囲気に良く似ている。

828mピーク


828mピーク北側斜面の雑木林にカエデ類が豊富で紅葉が美しい。ステンレス製パイプの手摺に違和感を覚えた。

定峰峠は特に見所無し。その北側の尾根道も平凡。701mピークの下りで獅子岩なるものがある。似てなくも無いかな。

獅子岩


624mポイント北西の破線路が交差する場所に多くのハイカーが休憩中。ただの団体客ではなかった。尾根両側の破線路には登ってくるハイカーが数珠繋ぎ。これから辿らんとしている大霧山に向う登山道にも多数のハイカーの姿が見える。地形図で大霧山の形状を見たとき、いかにもハイカーが群がりそうな嫌な予感がしていた。それにしても、快晴の昨日でなくて何で今日なの?(運悪く、11月27日は西武鉄道が主催した「秩父トレイルハイキング 第7回秋色の眺望 大霧山へ」なるものとぶつかってしまったのであった。知っていたら行かなかったのに。)この山を迂回することはできないので、やむなく延々とハイカーのお尻眺めながら山頂へ。山頂は砂糖に群がる蟻の如く黒山の人だかり。既に下り始めた健脚自慢の連中を追い立てるようにそそくさと大霧山を下った。彼らは皆バス停のある方に降りていき、粥新田峠に下ったのは自分のみ。

粥新田峠


粥新田峠の反対側にも関東ふれあいの道が続く。地形図に拠ると皆野町に下ってしまいそうなので尾根東側の車道を歩いて北上。車道を北上する際、尾根上に人の声がして数名のハイカーの姿が見えたので、尾根通しで北上できるらしい。

たいへん眺めの良い開放的な秩父高原牧場の入口の東屋で昼食休憩。地形図の破線路は東屋傍の細い道のようだが、牧場の中を通過できないと思われたので車道を歩いていった。外秩父七峰縦走コースの案内も車道を示している。

観光施設のある秩父高原牧場の本拠地の北側で、一度だけ破線路の無い区間で尾根に上がってみた。ピークには昭和6年の防火線設置を記念した大山祇命の碑が建立されている。

二本木峠はコナラの大木の森が残され、遊歩道が整備された美しい場所。時間がもったいないので三角点ピークはパス。

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二本木峠の案内板


皇鈴山への道に入る。コナラ樹林とミヤコザサの組み合わせが美しい場所を通過してなだらかな山頂へ。山頂では一家族が休憩中。東側に電波中継塔があり、そこまで車で上がってくることができるようだ。

登谷山(皇鈴山の北側から撮影)


登谷山から北側の眺めも良い。ここも家族連れが休憩していたので休まず通過。登谷山を下ると廃な雰囲気が漂う場所に至る。鞍部から少し北にある電波中継施設らしきものは現役のようだが、その他全てのものに生きた気配が無い。

天体観測所とはどんな場所なのであろうかと思って行ってみたら、廃屋が幾つかあるだけ。鞍部まで戻って釜伏峠に向った。登谷高原牧場の案内板に拠ると、かつては天体観測所の辺りの建造物は観光客向けに羊や小動物を飼育した小屋だったらしい。

星の里
登谷高原牧場跡の案内板


かつて観光客で賑わったであろう、今は閉鎖されたレストハウスの姿が痛々しい。訪れる人が減ったのはレジャーの嗜好が変化したことだけではないだろう。衰退し行く一方の日本の姿を象徴している。この十年、どこに行ってもこんな光景ばかりで悲しい。

車道を歩いて釜伏峠に向う途上、山肌にたわわに実る山梨の大木を発見。道路から逸れて近づいてみると周囲に有刺鉄線が張られているので、ここも登谷高原牧場の一部であったのかも知れぬ。今は完全に薮化し、管理されていない。消毒せずとも虫喰うことなく実るのだからたいしたものだ。エンドファイトの効果なのだろうか。直径4センチ程度の大きさでも立派な梨だ。小生、長十郎の厚い皮の食感が好きであるため、そのままボリボリ。美味い。


雑木林にはまだ美しい紅葉が残っていた。これが今年の紅葉の見納めか。

釜伏峠に釜山神社の参道入口がある。既に陽が西に傾いて時間が気になるのだが、せっかく来たのだからと思い、狛狼に誘われるように進んで参拝。


ここで関東ふれあいの道(兼外秩父七峰縦走ハイキングコース)とお別れ。参道入口まで戻って、車道を歩いて北上する途上、荻根山パワースポットなる得体の知れん場所がある。

破線路の無い尾根南端には塞神峠なる名があり、長瀞駅を指し示す歩道も存在する。この歩道は大鉢形経由で風布(ふうぶ)に下る破線路であろう。そして尾根筋には案内は無いもののしっかりとした踏み跡が存在する。残り時間が気になるも、踏み跡に誘われて尾根を北上。

塞神峠


踏み跡は尾根東側を巻いて次の鞍部に至る。この鞍部にも仙元峠なる名があり、御影石のきれいな道標が設置されている。地図に載っていない遊歩道が整備されているのだ。これは嬉しい誤算。

仙元峠


仙元峠の北西で道は尾根筋を行く踏み跡と葉原峠方面を示す踏み跡の分岐に至る。葉原に向うのであれば目的地の金ヶ嶽に連なる尾根を跨ぐことになる。ということは、一旦舗装路に下って植平の破線路に入るのであろうと推測。尾根西側に緩やかに下る植林地内の道に入った。途中の道標には至春日神社・岩根山・長瀞駅とのみ書かれていて葉原峠も金ヶ嶽の表示も無く、しばし思案。すぐ近くの車道を走る車の音が聞こえたので車道に降り立つ。ここにも道標在り。右手に進み、地形図に記載された破線路らしきものを見出せぬまま、農家が点在する緩斜面の車道を移動。半ば金ヶ嶽行きをあきらめた頃、破線路想定場所よりだいぶ西側に離れた場所で、右手の農地に道標があるのに気づいた。

尾根を下る途上
舗装路出合
植平にて


道標が葉原峠を指し示しているので一安心。細い峠道は民家の裏手の竹林や墓地をかすめて作業林道に接続する。作業林道を進めばよかったのに、左手に分岐する踏み跡を辿って尾根に上がった。上がった場所に道標無し。


葉原峠に行っていないので地形図上で場所を特定できないが、おそらくは葉原から延びる車道がある鞍部もしくはその西側の谷に下る鞍部のいずれかであろう。上がった場所はそのさらに西隣の鞍部で、金ヶ嶽に向う尾根分岐より西側にいたわけだが、葉原峠にいると思い込んでいたのでそのまま西に尾根を移動。目的の尾根が現れず、谷の向こう側に金ヶ嶽らしき山が見えて間違いに気づいた。時間に余裕がないので、急いで尾根を戻り谷筋をトラバースして目的の尾根に入った。

尾根上には遊歩道然としたきれいな道が在り、楽に目的地の金ヶ嶽に向って移動。道が尾根南側に下っていくようであったので、道から逸れて稜線沿いに進んだ。御嶽大神の碑が建っているが、時間が気になるので詳細は確認せず通過。金ヶ嶽手前で左側から再び歩道が稜線に接近する。「なーんだ、余計な事考えずに道を辿ればよかったのか。」と思いながら春日神社到着。春日神社の祠は建物で保護されている。お目当ての「1.8mの奉納額」とやらは見えない。

金ヶ嶽・春日神社


もう帰り着いた気分になって着替えを済まし、道標に従って春日神社の正面の道を下った。その後尾根を下る間、道標を一切見かけなかった。地形図の破線路とはあきらかに違うし、谷筋の林道に降りる気配もない。またしても道を間違えたみたいだが、麓に確実に下れそうなのでそのまま進行。法善寺横から来る道は春日神社の奥で尾根に上がり、金ヶ嶽方面(左)と葉原峠方面(右)に分岐するらしい。ちょうどその区間だけ稜線を歩いていたため分岐の存在に気づかなかった。

シイタケのホダ木の並ぶ場所から程無く里の道に抜けた。県道82号線の接続点には岩根山徒歩入口の表示在り。岩根山はつつじで有名な場所らしい。この辺りのハイキングコースは秩父鉄道のHPを参照されたし。

現在地が良く判らないのでひとまず北上。県道82号線のカーブ具合と地形図を見比べて予定地より数百m北に下山したことを悟り、道路を戻った。この辺りで野上駅方面を指し示す表示は道路標示含めて皆無である。

荒川上流方面(右の山が宝登山か?)
金ヶ嶽(高砂橋から)


標高総和が少なく気温が低めで発汗量が抑えられたためであろうか、いつもの山歩きに較べて疲労感が少なく、めずらしいことに運転中に一度も眠気を覚えず順調にさいたま市に帰着。

眺めと雰囲気はこれまで歩いた奥武蔵のハイキングコース中で最も良い。予備知識無しで臨んだぶん予期せぬ出遭いに大いに楽しませてもらった一日であったが、終盤の道間違い連発は少々まずかったな。

山野・史跡探訪の備忘録