安谷川奥部周回(矢岳尾根〜酉谷山〜熊倉山〜城山)

年月日: 2012年5月13日(日)

行程: 陽野峠出発・標高330m(05:41)〜秩父林道終点・標高約1000m(07:50)〜矢岳の480m南の尾根上(08:46)〜1568m地点(09:55)〜長沢背稜(10:27)〜1702mピーク(時刻不明)〜酉谷山(11:00)〜鞍部で昼食休憩約10分〜大血川への下降路分岐・標高1480m(11:52)〜熊倉山(13:30-13:51)〜城山コース登山口(15:03)〜城山立ち寄り(約20分)〜駐車地に帰着(16:00)

秩父側の尾根周回を兼ねて長沢背稜を細切れに歩くにあたり、矢岳尾根と熊倉山の尾根を回るルートの設定が悩ましい。長沢背稜の区間は短いものの秩父側の尾根歩きに時間がかかるし、標高総和も大きい。5日に矢岳尾根を歩いてみて、安谷川側から矢岳尾根に上がれれば日帰り周回は十分に可能と思われた。13日は最高の登山日和が期待できるので、2週連続で秩父に向かった。今回も意図的に予備調査せず。

自宅がうるさいので現地で仮眠するつもりで午前1時半頃に秩父入り。荒川の川岸で良い場所を見つけ3時間ほど仮眠しようとしたが、冷え込みが予想以上で防寒着を着ても寒い。眠れぬうちに空が明るくなった。睡眠不十分のままハードな尾根歩きしたくないが、この好天を逃すのはあまりに惜しい。足が重くて調子が上がらないようなら昼寝して戻ってくるつもりで予定決行。


駐車地(陽野峠)〜矢岳尾根

秩父林道沿いには車を置くスペースが一切無いため、帰りに通る予定だった陽野峠手前の広い空地に車を置いた。小川の対岸の急斜面を10m程度登ると秩父林道に上がれる。少しでも楽をしようと標高410mから林道をショートカット。睡眠不足のため、ゆっくり登っても心臓がバクバクする。

標高460m付近で地形図に表されない林道(森林管理道秩父中央線)が分岐し尾根西側斜面に回り込む。尾根東側斜面に設けられている秩父林道の本線は「1.2q先で行き止まり」と表示されている。行き止まりだと?崩落で通行できないということか?それならそれであきらめがついて早く帰って眠れる。行き止まりであることを半分期待して行ってみると、関係者以外立ち入り禁止の表示があるのみ。戻る口実が無くなった。

季節の進行は早い。今週はウワミズザクラに代わってウツギの香りが漂っている。林道沿いは普通のウツギよりガクウツギの方が多く見られる。

ガクウツギ (06:17)


安谷川の谷(川浦谷渓谷)は深く険しい。この急峻な斜面に古くから植林が行われてきた事実に驚かされる。林業関係者が祀る木祠を見てすぐに素掘りの隧道を抜ける。秩父林道は現役の舗装林道ではあるが、栃木の大蛇尾林道の雰囲気に似ている。よくもまあこんな場所に林道建設したものだ。

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秩父林道の隧道 (06:25)
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オーバーハング(06:27)


徐々に安谷川との高度差が縮まる。安谷川は水量が豊富で小滝を連ねる立派な渓流である。標高573m地点に営林署の小屋と木祠があり、上水道(?)の取水口がある。安谷川右岸側に移ってから林道は折れ曲がり一気に高度を稼ぐ。普段は退屈に感じる林道歩きだが、楽に高度を稼げるので寝不足の身には大いにありがたい。ショートカットしたのは標高690mから760mまでの一回だけ。

林道上から熊倉山は見えない。見えているのは熊倉山尾根の1440m級ピークから1284mピークに連なる尾根である(宗屋敷尾根なる呼称有り。)。

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標高800mから見た宗屋敷尾根(左が1451mピーク、中央が1440m級ピーク) (07:19)


確か標高810mのヘアピンカーブだったと思うが、矢岳を指し示す比較的新しい標示が在った。指し示す方向は林道そのもの。しかし、その後矢岳に登る入口らしきものを目にしていない。ということは、荒川村分岐ルートを指し示しているのかもしれない。

道標 (07:23)


先週矢岳山頂で目にした埼玉県警察山岳救助隊の注意書きは下山ルートとして荒川村分岐ルートを推奨していたから、矢岳に直接登るルートは現在使われていないのではないだろうか。どのみち本日は矢岳に登るつもりはなく、地形図を見て決めた取り付き場所に向かう。

林道終点となる沢の右岸側に獣道然とした細い踏み跡在り。しばしこれを辿り小尾根状の植林地を登っていった。

山襞の湿り気の多い場所にはハシリドコロ(毒草)がべったり。先週矢岳尾根から下った際に横切った谷筋でもハシリドコロだけが青々としていた。他所で見ていると思うのだが記憶に残っていない。秩父の植生の特徴の一つだ。

ハシリドコロ (07:59)


やがて矢岳の約480m南の地点から真西に派生する本命の尾根上に出た。この尾根は南側が植林、北側は雑木林で、勾配が一定で稜線に藪無し。矢岳尾根に上がる寸前の約30mだけ勾配がきついが、危険はない。


矢岳の480m南地点〜(長沢背稜)〜酉谷山

矢岳まで往復20分程度であるが、先週行ったばかりだし、行ったところで眺望悪くつまらないので行く動機が無い。寝不足につき少しでも体力温存すべく、矢岳に立ち寄らず南下。

標高1420m付近で安谷川側から上ってくる踏み跡が合流する(荒川村分岐なる場所らしいが、現在このルートを辿る人は少ないようで、その名の標示は無い。)。おそらく林道終点の沢左岸側の造林を登るとここに至るのではないかと思われる。古い道標に「小屋まで約5ジカン」と書かれている。小屋とは酉谷山避難小屋を意味するようだが、5時間もかかったら本日中に下山できませんぜ。

荒川村分岐の道標 (09:09)


1448mピーク南側から1568mピークにかけて先週蕾状態だったアカヤシオが満開であった。アカヤシオの蕾もシロヤシオ同様、初めは上向きで、膨らむにつれて次第に傾く。シロヤシオが最終的に斜め下を向いて開花するのに対し、アカヤシオは横向きである。てなことを現物を見て認識。蕾の向きを見て金井克子の「他人の関係」の手振りを思い出した。アカヤシオと全然関係ないけど一青窈による「他人の関係」のカバーバージョンも良いです。

アカヤシオの蕾 (09:56)
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酉谷山から熊倉尾根に下る鞍部と小黒(10:03)


長沢背稜の東京都側は全てカラマツ植林でありつまらん。梢越しに富士山がくっきり見えているのだが、写真撮影できる場所が全く無い。秩父側はいくらか遠くを望める場所有り。本日は5月としては清澄度が最高で、アルプスの白い山並みが見えている。1702mピークを越えて登山道に近づくと、日原から酉谷山まで往復予定の年配の単独行男性と出遇った。長沢背稜で遇ったのはこの方のみ。

酉谷山山頂からなんとか富士山を拝むことができて満足。富士山は現住所や勤務する事業所からしょっちゅう見ているのに、埼玉県境の山から見るのは初めてである。

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酉谷山から見る富士山 (11:01)



酉谷山〜熊倉山

男性のデジカメのシャッターを押してあげてから熊倉山の尾根に入った。最初の下り斜面にはカニコウモリがべったり。鞍部から矢岳尾根の針葉樹に被われた1568mピークが見える。

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矢岳尾根・1568mピーク (11:31)


熊倉山に至る尾根には登山道並みの明瞭な踏み跡があってテープもベタベタついていて迷う心配無し。スズタケが枯れ死した今はルートファインディング不要だ。唯一ルートを確認すべき場所であると思っていた1650m地点からの下りも踏み跡+トラロープ有り。但し、踏み跡のルート取りにセンス無さ過ぎ。辿っていて少々不安になった。

480m地点に、大血川東谷に下るルートの分岐を意味する東京大学秩父演習林の標識が立っている。1451mピーク北西にかろうじて秩父市街を一望できる場所有り。

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秩父市街地と武甲山 (12:36)


1451mピークから熊倉山までの尾根幅が狭い場所でアカヤシオが満開。同じアカヤシオでも花弁の形に個体差がある。花弁が丸く広くて互いに重なり合っている花が特に綺麗に感じる。

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宗屋敷尾根が合わさる1440m級ピーク(蝉笹という呼称有り。)の南側の一か所を除き特に危険個所無し。蝉笹にゴミ(カップ麺容器等)が放置されていたので回収。ゴミ捨てていくような輩が山に入る資格がないのはもちろんだが、このルートを辿る連中は少なくないであろうに誰もゴミを回収しないという事実にさらに腹が立つ。俺は秩父にゴミ回収に来たのではないぞ!

蝉笹滞在中に熊倉山からオッチャンオバチャンの声が響いてきた。熊倉山手前で声の正体らしき5、6名のパーティと出遭った(新ハイ浦和の御一行だったようだ。)。今夜は酉谷山避難小屋に泊まる予定なのだろう。最後尾の男性以外は無愛想だった。ゴミ回収の後だったので不快な気分が増した。

熊倉山到着時に山頂に居たハイカーは若い男性1名のみ。彼は先に城山・日野コース方面に下っていった。この後、落し物を探しに蝉笹方面に途中まで戻り10分程度無駄歩き。


熊倉山〜城山〜駐車地(陽野峠)

山頂の案内情報で城山コースが問題なく辿れることが判ったので、予定通り城山に向けて下った。正式な登山道なので詳細は書かないが、城山登山口まで800m強の下りは正直きつい。特に最後の標高差400m強は足に優しいジグザグ道ではあるものの足が壊れそう。今後このコースで往復することはあるまい。

せっかくの機会であるので城山に立ち寄り。本当に城跡であるとは知らなかった。広くて掘割も明瞭だが、全て植林地であり、史跡の説明板がポツンと立つのみ。建造物の遺構は発掘されていない。本丸跡も南曲輪も完全な平坦地ではないので、まともな館が築かれたことはなく、大規模な砦だったのではないだろうか。安谷川から水を引いていたという記述も、城山の周囲との標高差を考えると信憑性無し。こんな高くて飲料水も得られない不便な場所に勝算無く立て籠もった長尾景春とは愚かな武将である。俺なら山伝いにさっさと逃げる。

城山の説明板 (15:13)


城山から駐車地までさらに標高差300mを残す。標高600mから500mまで林道をショートカットし、寺沢川沿いの道路をゆったり歩いて帰着。今回を以て今年前半の長沢背稜細切れ歩きはひとまず終了。

熊倉山〜酉谷山間には、正式に管理されてはいないがよく踏まれた道が存在し、基本的な能力を有する人なら余裕を持って辿れる。帰宅後に熊倉山の尾根について調べてみると、その記録の多さは矢岳尾根の比ではない。酉谷山に避難小屋があるため、ちょっとしたバリエーション気分を味わいたい登山者に人気があるようである。

旧荒川村(2005年に市町村合併して現在は秩父市の一部)に属する矢岳、酉谷山、熊倉山を「秩父・荒川三山」と称するらしい(山歩き後に調べものをするまで小生はその歴史を知らず、なんでこの3つが荒川の代表格なのか不思議に思っていた。現在は地図上に旧荒川村を示す地名はないので、「秩父・荒川三山」の呼称は消えゆく運命にあるのかもしれない。)。

山野・史跡探訪の備忘録