中津川・不忘滝訪問(吾妻山神社経由)

年月日: 2014年10月8日(水)、9日(木)

初日行程: 駐車地出発(07:50)〜吾妻山神社登山口(08:39)〜吾妻山神社(11:20)〜権現沢右岸崖上(12:00)〜中津川・5m滝下・標高1300mへ降下(13:30)〜不忘滝撮影終了(15:00)〜中津川左岸崖上に復帰・標高1450m(16:00)

中津川渓谷は西吾妻山と中吾妻山・継森が形成した溶岩台地を切り刻む大渓谷であり、沢底から左岸溶岩台地縁までの崖の高さは熊落滝直下において最大約200mに達する。さらに、熊落滝の背後に構える高さ50mを優に超える垂直の大側壁が遡行者を威圧する。熊落滝から上流の7m樋状滝までの連瀑帯をどう攻略するかが中津川遡行の核心部である。中津川の流れは垂直の大側壁の奥で北西から北東に90度屈曲しており、遡行者は熊落滝下からその先を窺うことができない。下流側から見えない場所に”幻の”という形容詞付きで語られる不忘滝が隠れているという。大迫力の側壁は不忘滝が形成したものであるから、不忘滝こそが中津川名瀑群の盟主といってもよかろう。

ほぼ全ての中津川遡行者が落差が大きく優美で知名度の高い朱滝を賛美する一方、不忘滝に言及することはまずない。この滝の存在は地形図にも掲載されているのだが、熊落滝下から始まる高巻き区間の途中にあるため、実際に見た遡行者は数えるほどしかいない。それが故に、その存在を知る者も少ない。高巻きの過程で不忘滝の落ち口近くに懸垂下降した遡行者が撮影した画像をWeb 上で閲覧できる(*1)。しかし、その全貌を把握できる画像は少なくともWeb 上では得られない。

不忘滝とはいったいどんな容姿をしているのか。2008年に朱滝を見て自身の中津川遡行に一区切りつけたつもりであったが、徐々に不忘滝の存在感が増していった。不忘滝を観ることさえできたらもう二度と山歩きできなくても構わない。自分にとってこの滝にはそれほどまでの価値がある。不忘滝を取り囲む中津川右岸側の大垂壁の縁に達することができたなら、不忘滝の姿を正面から樹木に邪魔されることなく拝めるかもしれない。

右岸側には道が一切無く、全行程藪漕ぎによるアプローチは非現実的。沢通しでアプローチするのは下流から遡行しても上流から下降しても荷物が多すぎるし、季節も夏場に限定される。実現の可能性のあるのは、吾妻山神社経由で左岸原生林から沢底に降下して不忘滝上流側で右岸に渡渉するルートのみである。中吾妻山北峰の裾野にあたる中津川左岸原生林を歩いた経験が2012年までに5回あって、少なくとも中津川左岸崖までのアプローチには自信がある。観瀑時に懸垂下降の装備に頼る可能性大であるから、中津川左岸崖を下るに際しロープを残置するわけにいかない。不忘滝観瀑の成否は@中津川左岸崖を懸垂無しで下れること、およびA中津川右岸側が移動可能な地形であることの2つの条件次第。2006年に熊落滝下から左岸崖上に這い上がった自己の実績があるし、熊落滝から高巻いて懸垂無しで不忘滝上流の5m滝上に降下したという記録(*2)があるので、@は下り始めのポイントさえ誤らなければ解決できる。Aは行ってみないことにはなんとも。

2013年9月に観瀑に初挑戦。7m樋状滝の上流側に下降して筋滝を見ることはできたものの不忘滝には到達できず。11月に愛車を廃車して以降は車利用の山歩きから足を洗うつもりであったが、不忘滝を観る課題が残ってしまったが故に2014年もレンタカーで山歩き続行。今年の8月は条件@をクリアして狙いの渡渉点まで到達。やろうと思えば不可能ではなかったと思うが、天候や用事で日帰りの制約があったため安全最優先で条件Aを試すことなく引き返した。9月は仕事上の理由でまとまった休暇がとれず10月に持越し。10月下旬になると冷え込みや降雪で実行困難となる。台風19号の進路を予想し、仕事の段取りをつけて、なんとか今年最後の挑戦の機会を得た。おバカやっていられる年齢ではないし、これ以上女房や両親に心配かけたくない。単独で奥深い場所を彷徨するスタイルの山歩きは今年を最後に止めるつもりである。今回が三度目にして最後の挑戦。これまでの経験に基づく目的達成の自信は十分にあるが、慣れからくる油断で事故を招く可能性があるので気を引き締めていく。

現地で出発準備していて、帽子を持ってくるのを忘れたことに気づき愕然。忘れ物の天才ではあるが、これまで帽子だけは忘れたことなかったのに。頭頂の髪はふさふさしていても帽子が無いと妙に落ち着かない。

秋元湖岸林道を歩くのはもう何度目になるのだろう。地元の観音寺林道に次いで歩き慣れた林道になってしまった。今年は山のクリの実りが良くて、道路上に開いたイガが多数散らばっている。今回は自分にしては珍しく鈴を付けて歩いているので、栗拾いするサル達も落ち着いた様子で林の中に消えて行った。

9月の例大祭に合わせて笹刈りが行われ、8月訪問時に較べて格段に歩き易くなっている。うるさい虫もいなくて快適。今年は全体が美しく紅葉している樹木が少ない。紅葉が進んだ樹木では葉が一部枯れ縮み、瑞々しい状態の葉は部分的に紅葉している状態のものが多い。

空気は涼しくても高気圧の真下にあって無風時に山を登ると暑い。少し登っただけで発汗する。つらさは8月時とたいして変わらない。今回は山中一泊予定で時間に余裕があるので、十分な休憩をはさみながら登って行った。順調に吾妻山神社到着。

吾妻山神社


つい2か月前に来たばかりだ。道は完全に消えていても権現沢右岸崖への登路に迷うことはない。権現沢右岸崖上に上がってチシマザサ藪の濃い支流を跨いでから西進。8月に見つけた下降点に向けて進んだつもりだったが、中津川左岸崖に近づくと沢筋が切れ込んでいるのを見て北側にずれていることを知る。一旦崖から離れて南進し、幾つか切れ込む全ての沢筋を渡りきったと判断して再び藪の濃い崖の縁を下っていくと、対岸の西吾妻山に幅広いナメの水流があるのが見えた。昨年も今年の夏もあんな地形見た記憶が無い。ということは、まだ北にずれているのか。さらに南進してから再び左岸崖の降下ポイントを探ると昨年誤って下った小尾根に到達した。ムムム。8月時より効率が悪いな。大胆に南進してから崖を下ってみると、大側壁が見えるので少し行き過ぎ。難しいものだな。下降点を探しながら崖の縁を北進し、チシマザサが連続している場所から降下。8月に降下した場所よりも若干南側だったようで、5m滝の下に直接降りた。

渡渉点下流側
渡渉点上流側(5m滝)


つい先日18号台風が来たばかりであるのに、通過スピードが速く降水量が少なかったようで、夏場に訪れた時と水量変らん。靴を脱いで渡渉。深くても水深30p程度だが、石の表面がヌルヌルして滑る。水が冷たい。手も突いてバランス取ってなんとか右岸側に移動。

右岸側には幕営適地が在り、遡行者の焚火の跡が認められる(後日、6月に此処で幕営した方達の記録を発見。*3)。沢に沿って移動は容易。なんとなく踏み跡っぽい感じもあるので、不忘滝落ち口近くに懸垂下降した遡行者たちが右岸側を移動した跡なのかもしれない。当方の目的地は落ち口ではなくて、奈落(大側壁)の上。右岸斜面を登って奈落の底を目にした。

画像
奈落の底


西吾妻山から一定勾配で下る山肌が奈落の縁でスパッと切れ落ち、勾配の微分係数が連続しない。不忘滝の完全な姿を観るには奈落の縁まで降下しなければならない。ロープを完全に固定する用具を所持していないので、崖の縁で滑ったら転落してしまう。ロープに過度に負荷をかけなくても足で体を支えていられる限界まで下ってみた。ロープを下方に垂らさないようにすることでエイト環でロープどうしの摩擦が生じ、ロープから手を離しても姿勢を安定させるのに必要な負荷をかけることができた。かろうじて不忘滝の上部を撮影。熊落滝は10m以上の落差を持つ滝なのに、大側壁上からは滝の様には見えない。

不忘滝と熊落滝
背後から見る熊落滝


怖々撮影して支点に復帰してもう帰ろうかと思った。日が西に傾き現在地には陽光が当たらない。滝の撮影には絶好の条件が揃っている。渡渉点で幕営するならば時間に余裕があるので、奈落の周りの斜面を左回りにトラバースしてみる。

画像
左岸崖の黄葉


斜めからでも良いから不忘滝の全景が見えないものかと、熊落滝の真後ろの位置からイワイチョウの生える縁に近づいてみた。水が流れていて足元が不安定のため、不忘滝を拝める位置まで進出できない。


動画

不忘滝正面の斜面には撮影の障害となる立木が無い。滑ったらそのまま奈落に落っこちる。十分に高度を上げて空身で試してルートを確定してから、ロープを持って針葉樹が生える場所に回り込んだ。末端の樹木まで下り、ロープを利用して水がひたひた流れ下る奈落の縁1m手前まで移動。ついに不忘滝の特異な姿が出現。

不忘滝全景


左側の落水の一部が岩に当って向きを変えているのか、それとも滝の途中から流れ出ている水流なのかよく判らないが、滝の右側から滝本体の後部をらせん状に巻いて落ちる斜瀑の副流を伴う。龍の如し。滝本流も完全な直瀑ではなく、下4分の1辺りで岩に弱めに当たって角度がついている。対面の高い場所から見下ろしているので爆風や飛沫を浴びることはないし、奈落の構造上、落水音が現在位置に直接伝搬することもない。膨大な位置エネルギーを放出しているはずなのに静寂な印象を受ける。

動画

姿勢が不安定でうまく撮れていないが、無事撮影できたので自分としては十分に満足。あとは慎重に帰るだけだ。今晩は冷え込むであろうから、できれば冷え込みの少ない崖上の針葉樹林帯に幕営したい。まだ日没まで1時間半以上残しているし、左岸側は西日が当たって明るいので登っていくときに気分的に楽だ。

登山靴履いたままジャブジャブ渡渉して崖を登り切り、標高1450mで水芭蕉の生える水たまりの横に平坦地を見つけた。顔を洗えるし、携帯電話の電波の入りも良好。

今宵は皆既月蝕が見られるはずだが、残念ながら東側に中吾妻山北峰が位置しているので月明かりが見えない。夜九時頃に目を覚ました時、テントが月明かりで明るくなっていた。コメツガの枝の間から3分の1程度の蝕を眺めることができた。山上は快晴であったが、猪苗代の平野部では曇りで見えなかったとのこと。

夜間ずっとサワサワと乾燥した風が吹き、針葉樹の下で放射冷却もなく、その意味では快適な一夜であった。でも、気温10℃を下回って寒くて眠れん。来る途中のコンビニで購入した使い捨てカイロ5枚を全て使い、生ショウガを一気に飲んで体を温めて、なんとか明け方2時間程度眠れたような気がする。今の時期の野営地としてヤケノママのオンドルに優る場所はなかろう。

二日目行程: 幕営地出発(06:48)〜権現沢渡渉点(07:43)〜吾妻山神社登山口(11:00)〜駐車地に帰着(11:50)

早朝、裏磐梯方面に青空が覗いているだけで、西吾妻山には雲が掛かっていた。上空も曇っており雨が降りかねない雰囲気。でも高度計表示が昨晩とほとんど変わっていないのでまだ高気圧下にあり、天候が崩れることはあるまい。慎重に原生林緩斜面を進んで権現沢下降地点にノーミスで復帰。

画像
権現沢右岸斜面


将来、吾妻山神社に再訪することはあるかもしれないが、権現沢の登降路を辿ることはもうないのではないか。初めて辿った2005年時には刈払いした跡があったが、それ以降誰かが利用した記録は目にしていないし、その痕跡もない。ほぼ消滅しかけている。この10年で自分以外に辿った人はいったい何名いるのだろうか。よほどの物好きが現れない限り自分が最後の訪問者になってしまうかもしれない(2017年秋に滝屋数名が吾妻山神社経由で朱滝訪問に挑んだ。記録によれば彼らは旧登山道とは異なる場所を登降したようだ。彼らはこの一帯を歩いた経験が全く無いのになんと日帰り装備で挑んだ。遭難に至らなかったのが幸いである。体力のある人なら日の長い時期にルートを誤らない条件付きで日帰り観瀑を達成できるかもしれない。しかし、日の短い秋に経験の無い人が日帰りするのは極めて危険な行為である。朱滝近くから午後2時過ぎて引き返したら林道に降りる前にとっぷりと暗くなってしまう。私なら日中ですら不安を覚える登山道を夜中に歩く気にはなれない。吾妻山神社経由で観瀑を計画される方は、2日行程でしっかりとした装備で臨まれたし。)

権現沢にて
吾妻山神社からの登り返し


完全に消失してしまった中吾妻山越えの路が分岐していた(はずの)場所で小休止。吾妻山修験の跡を訪ねて初めて訪れた2005年、この場所で、1975年5月(残雪期)に行方不明になった方のご家族が設置した情報提供の「お願い」を見つけた。とてもしっかりした造りで、設置してから30年を経てもなおビニールに封入された中身が読める状態であった。ご家族の思いが伝わってくるようで、それ以来、吾妻山に入るときはこの「お願い」の存在を思い出し戒めとしてきた(2012年に訪れた時にはビニールが破れて泥が入り込んでいたため、回収し自宅で保管している。)。この「お願い」を知ったことで一連の危険な吾妻山の探訪を無事終えることができたと思う。

画像
姥神様に感謝


倒木で空間が開いた場所の藪が放射冷却で濡れていた。針葉樹林帯で幕営したのは正解だったな。柔らかい陽光の中、順調に下山。

ゴゼンタチバナ紅葉


自身にとって最難の挑戦を無事完遂して、十二分の満足感と同時に、もう行かなくて済むのだという安堵の気持ちもある。今回の山行をもって吾妻山における一連の探訪を終了する。

引用情報:

*1  真野さんの記録: 「とにかく沢登り」から、吾妻連峰 中津川(2004/8/27-29)

*2  すうじいさんの記録: 「すうじいの毎日がアウトドア」から、中津川(吾妻)1日目その4:熊落滝と大高巻き、及び中津川(吾妻)2日目その1:三筋滝

*3  わらじの仲間 山行ブログ 吾妻 中津川(中退) (2014.6.28-29)、増水時の5m滝の写真在り。5m滝から西吾妻山にエスケープするとは凄まじい

山野・史跡探訪の備忘録