三沢左岸(上ッ原)尾根の途中まで (2017年6月)

年月日: 2017年6月4日(日)

行程: 三沢左岸側駐車地(04:18)〜未舗装林道終点・標高約1060m(05:25)〜標高(06:40)〜1695mポイント(07:37)〜標高1900m以下で退却(08:20)〜1695mポイント復帰(08:56)〜未舗装林道終点復帰(11:00)〜未舗装林道を辿って三沢を渡渉し三沢右岸を下って帰着(12:28)

女峰山の尾根は北側(旧栗山村側)と南側(旧日光市)で多少の違いはあるものの、その植生は概ね足尾全域及び高原山とほぼ同じで以下の通り。

@ 勾配が緩い斜面は落葉広葉樹とミヤコザサ林床の組み合わせで藪無し。

A 標高1900m以下(主に1600m以下)の尾根筋に五葉ツツジ(アカヤシオやシロヤシオ)が生育する。

B 標高1500m以上(主に1700m以上)の傾斜のきつい岩がちな斜面はコメツガを主体とする針葉樹に被われ、稜線部にコメツガ幼樹とシャクナゲによる性質の悪い藪が存在する。

C 全域でチシマザサが存在しない。

女峰山は、他の山域に比べて高いが故にBの区間が多いことが特徴。高山病になりやすい体質なのでそれなりの強いモチベーションがないと体を傷つけてまで不快な藪漕ぎをする気にはなれない。2004年頃から広大な溶岩台地と思しき上ッ原(三沢左岸)の地形に興味があって、上ッ原訪問ついでに三沢の周回を考えたこともあったが、当時は優先度が低く実行に移すことはなかった。その後、旧栗山村側の尾根歩きのパイオニア的存在である@宇都宮さんがこの尾根を登って別の尾根を下った記録を烏が森の住人さんの掲示板に投稿された(コピーしていないので詳細不明。)。後日、霧降から女峰山に登った際、モアイ像の出来損ないみたいな岩峰を見た。あの岩峰も突破できるらしい。

栃木で興味のあった場所をほぼ行き尽くした感がある今、三沢の周回に挑戦してみようという気になった。日帰りで挑戦するのは日の長い6月頃がベスト。今年はネマガリダケ採りに田舎に戻る予定がなく、まだエゾハルゼミの声を聴いていない。三沢に行けばついでにエゾハルゼミの声につつまれた緑陰の雰囲気を味わえるだろう。

三沢右岸尾根は2012年に標高1780mまで経験済み。その時の記録に基づいて見積もった周回に要する時間は順調に推移して11〜12時間。21時までにレンタカーを返却するには遅くとも16時までに帰着する必要があるので、現在の体力ではちょっと厳しいか。深入りすればレンタカー返却時限に間に合わない。コース上の数か所に進退を判断する時限を設け、予期せぬアクシデントで時間を要したり自分の嫌いなタイプの藪が続くようなら、縁がなかったと思ってあっさり退却する。

いつもの場所で車中泊して三沢左岸の駐車地に移動し、ほぼ予定通りの時刻に出発。人家に近寄ると犬に吠えられるかもしれないので、左岸末端のスギ植林地を突っ切って舗装林道に抜けた。地形図に記載されている破線路は舗装林道を入り口方面に若干下った場所から分岐しているはず。ところが破線路らしきものに気づかぬまま林道入り口まで下ってしまった。初っ端から無駄歩きか。

林道出合いまで戻り思案。このまま林道奥に進むと三沢左岸が崖となって尾根上に出られなくなりそう。素直に末端近くから尾根筋を辿るのが正解であろう。水場らしきところから取り付くと、現役ではないもののしっかりとした道型が続いていた。倒木で辿りにくいところもあるが、ジグザグに高度を上げて順調に稜線に抜ける。稜線に至る他の道を目にしていないので、地形図の破線路の位置は誤りで、自分が辿った道が正しい道なのではないだろうか。上ッ原に上がる稜線は予想していたよりも険しく岩ゴツゴツ。上ッ原経由で滝見に向かう人たちが残したものなのだろうか、たまに赤テープが巻きつけれているのを見る。

上ッ原末端に到着。入り口付近にある祠は何故か施主の居住地に背を向けている。

上ッ原入口(992mポイント付近)にある祠


上ッ原は雑木の全く存在しないすっきりとしたカラマツ林と丈の低いミヤコザサの林床の組み合わせが延々と広がる。地形図から読み取れる様に、水流の無い浅い溝が何本も存在し、溝を避けて素直に高みに向かうと自然に三沢左岸から離れていく。溝が浅くなる上端で三沢側に移ることを繰り返せばよい。三沢側の縁に近づいていくと、開けて明るい場所があって伐採した樹木が積まれているのが見えた。溝を越えて縁に出てみると、そこは三沢から上がってくる未舗装林道の終点であり、予期していなかった眺望を得ることができた。

未舗装林道終点
林道建設に因る自然破壊


林道が造られたのはつい最近のようだが、下方を見やると岩石の崩落で荒れ放題。自然の植生によって保たれていた地中の均衡が林道による開削で失われてしまった。パンドラの箱を開けてしまったのか。

上ッ原のカラマツの植林年代が不明であるが、その生育具合からそう昔のことではないようだ。こまめに手入れしていないはずなのに、雑木の進入が全くみられない。樹木の伐採痕も皆無。カラマツ植林以前の上ッ原の歴史については不知道。昔から人の手が入っていて樹木の無い原っぱだったのだろうか?

数haに渡って全てのカラマツにツルアジサイが巻きついている一画があった。氏家在住時は自宅の庭でゲッケイジュにノウゼンカズラを巻きつけて仕立てを楽しんだものだが、これだけ多くのカラマツに自然にツルアジサイが巻きつくとは見事なものだ。カラマツにとっては困ったことだろうが、花期には紅葉のツタウルシや斑入りのマタタビに匹敵する美しさであろう。

ツルアジサイが巻きついたカラマツ林


ミヤコザサの丈が低く歩きやすいとはいっても、締りのない場所を歩けばそれなりに疲労する。三沢側の縁に沿った獣道を辿ることである程度労を軽減しながら上ッ原最上端の標高1460m級小ピークに到達。ここまで全てカラマツの植林地であった(後日知ったことだが、ここは三沢大滝・雪田爺様ルートの下降点なのであった。)。

上ッ原上端から先の地形や植生に関心があった。やや勾配のきつい標高差約100mの斜面は美しい広葉樹の森で障害物無し。

上ッ原上端からの急登・1500m前後の雰囲気(帰りに撮影)


尾根上で思いがけず満開のシロヤシオがお出迎え。

標高1550m前後のシロヤシオ


シロヤシオは野州花とも呼ばれるほどに個体数・密度ともに抜きん出る栃木県が生育地の代表格。丹沢でも普通に見られるし北限は宮城県らしいのだが、太平洋側にしか生育せず、雪国の会津には無い。2012年に三沢大滝詣でした際に利用した三沢右岸尾根にシロヤシオが多いことは把握しているが、三沢左岸では正直期待していなかった。個人的に最も好きな植物の一つであるシロヤシオを4年ぶりに愛でることができて嬉しい。

勾配がきつくなるにつれてコメツガ主体の黒木が多くなり、稜線部に厄介なシャクナゲ藪も出現。種類は同じでも男鹿山地のシャクナゲに比べて奥日光のシャクナゲは性質が悪い。進行方向右側に斜面を横切って回避。

1600m付近のシャクナゲ


時限前になんとか1695mポイント到達。シロヤシオを見たのはここが上限。テープの類は一切ないが、栄養ドリンクらしきガラス瓶が転がっていた。比較的見晴らしが良く、この先の尾根の様子を窺える。目の前にでんと聳えるコメツガ林の急勾配斜面を200m超登らなければならない。顕著な尾根形は無く、下ってくる場合は全コース中最も難易度の高い場所の一つ。もし途中退却することになったらと思うとちと憂鬱。

いざ取り付いてみると藪や倒木が多くて登りにくい。岩が苔に被われた浅い谷筋を利用して急登。順調に進むかに思えたが、次第に気持ち悪くなってきた。40代で突発性感音難聴を患った際に三半規管の機能にダメージがあったようで、空を見上げて走るとバランスを崩して転ぶ。首を急に持ち上げたり、くるっと向きを変えたりすると目が回る。ソフトボールのような球技が一切できなくなった。一般登山道なら足元を見ているだけで済むため頭部が安定しているが、道なき場所の急登は上方を見渡して最適なルートを見極めてから足元に注視して数m登ることの繰り返し。老化で焦点調節機能も衰えているので遠近の切り替えに追いつかない。体に悪いことを繰り返しているうちにめまいの前兆に似た感じを覚え、異様に心拍数が上がる。しばしじっとしていれば収まるのだが、これでは当初の計画が達成できないことは明らかだ。せめて2037mピークまでは行こうと思って勾配の緩くなる標高1860m付近まで登ってみたが、前方に明るく藪の濃い場所が現れた。回避できそうにないので体に傷つけるのは必至。5月の連休に脛を傷だらけにしたばかり。今年はもうこれ以上体を傷つけたくない。いい理由ができたとばかり、退却決定。栃木に住んでいて自家用車利用だったら行ってしまったと思うが、今の自分には縁がないということ。

退却点の雰囲気


涼しく適度に風が吹いて過度に発汗したという認識はないし、こまめに休憩して塩分・水分補給も怠らなかったのだが、下り始めてしばらくして腿裏が軽く痙攣。日頃の運動不足に重装備はちょっときつかったようだ。

陰鬱なコメツガ林の中で留守番着信通知のアラームが鳴った。三沢奥部は露出度が高く、麓の基地局からの電波の入りが良い。

右回りで順調に進行した場合、残り時間を気にしながら難易度の高い未知の場所を下ることになる。途中退却する可能性を想定して左回りを選択したのは正解であった。机上で予想した通り、登った経験なしでこの場を下るのはGPS を所持していても容易ではないだろう。つい先ほど登ってきたばかりで要領を得ており、大きく外すことなく1695mピーク復帰。下りは視点が常に下方に向けられて安定し、登りで感じた目眩の前兆は解消。再びシロヤシオを愛でてから順調に上ッ原上端に復帰。

今朝方、登りでは気づかなかったが、三沢に面した縁にヤマツツジが点在している。落葉樹の緑陰下でひっそりと咲く美しさはヤマツツジ特有のもの。派手に咲くのが最良とは限らない。その意味において毎年満開になることを求められるアカヤシオは不憫だ。

上ッ原の三沢左岸縁に点在するヤマツツジ


高度が下がるにつれてエゾハルゼミの声が徐々に聴こえるようになった。未舗装林道終点に復帰した頃には昼に近づいて気温が上がり、三沢全体がエゾハルゼミの大合唱ににつつまれていた。

未舗装林道終点
ヤハズ〜2318mピーク


早々と三沢周回計画がポシャったので時間が余っている。同じルートで往復して満足できる素直な性格ではない。未舗装林道の正体を確かめてみよう。この時点では、てっきり未舗装林道が朝方横切った舗装林道が延伸されたものであると思っていた。

きれいな状態にあるのは林道終点のみで、ほぼ全域で荒れている。上ッ原溶岩台地は決して巨大な一枚岩ではなく、ひび割れて分裂したもろい溶岩がかろうじて均衡を保っている状態にある。今にも落ちてきそうだ。落石に遭う確率はその場に留まる時間に比例する。怖いので走り抜けた。何を目的とした林道なのか不明だが、まずいものを造ってしまったな。法面のコンクリート吹付けがないため、将来この林道が三沢左岸の崩落を誘発する可能性がある。


林道は左岸沿いに下る様子は無く、最終的に三沢奥に向かって沢底に下りてしまった。未舗装林道は三沢右岸側から下ってくる林道の続きなのであった。橋は無く沢横断箇所はコンクリートで、その上を水が流れている。川原の石を適当に伝って右岸側に渡渉。湧水で喉を潤してからのんびり林道を歩いて右岸尾根に向けて登る。林道入り口は閉鎖されているはずだが、RV車が一台停めてあった。

2012年に忠実に三沢右岸尾根を辿った際、この林道を横切った。今回は林道を歩いて中の沢を経て下山することにした。尾根末端の緩斜面は昔は放牧地であったらしいが現在は広いワラビ畑になっている。6年前に訪れた時と同様、所有者らしき女性がワラビを採取していた。

林道入り口は2012年時よりも強固に閉鎖されている。山から下りてきたので進入禁止であることは当然知らない。悪いことはなにもしていないし、ここを通らなければ帰れないってことで、ゲート横の有刺鉄線乗り越えて駐車地に帰着。

山野・史跡探訪の備忘録